山田宏一氏の「次郎長三国志 マキノ雅弘の世界」という本で、マキノ雅弘監督による同名の連作映画のことを知っていてから、すこし気になっていた。あるいは、平岡正明が、極真会館本部にいたころ、練習のあと、居酒屋で次郎長や子分のことを練習仲間と評していたなどという文章も別冊宝島で読んでいた。
というわけで、古本を入手。雑誌連載ということで、同じ話の繰り返しや類型的な人物描写になるのは仕方がないだろう。それはともあれ、任侠という世界が自分と隔絶しているので、どうにも居心地の悪い、尻のむずむずするような小説だった。今でも、大人向けマンガ雑誌には、やくざや暴力団でのし上がっていくという物語がたくさん書かれているので、こういう話を好む層というのは存在するのだろう。次郎長の伝記としては晩年の富士裾野開墾あたりの頃が面白いのだが、小説に記述はない。自分の趣味と読み物好きの趣味が一致しないのはいたし方がない。
この小説は昭和24―25年(1954―1955年)に書かれた。そうすると、元の話があったのは連載された頃の百年まえにあたることになる。なるほど、「懐かしい」という気持ちになるのは大体百年前くらいまでで、それは当時の読者の祖父や曽祖父の生きていた、活躍していた時代、彼らを思い出せばその世界にひたれるということで懐かしいのだろう。次郎長一家の義理人情にあふれた男の共同体世界というのもユートピア的なのかもしれない。(2012年現在で考えると、日露戦争が百年前で「懐かしい」という気持ちで振り返れる時代。「坂の上の雲」がドラマ化されたのが2000年最初の10年の間、というのには理由がある。作者がオファーを断り続けたというのが一番大きい理由であることは承知。)