odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アガサ・クリスティ「ナイルに死す」(ハヤカワ文庫) クリスティは貴族やブルジョアの一見隙のないダンディさの後ろに多くの秘められたことを暴く。

 初読かと思っていたら、実に20年前に読んでいた。細部はすっかり忘れているのに、クリスティの仕掛けは途中ですっかりわかってしまった。直前にネットの書き込みで、国内の有名作と同じ趣向(本邦作が後)だということを読んでいたからかもしれない。感想をアップ済だが、リンクは貼らない。

 「ナイル川を航行する客船カルナク号の船上で、ついに起きた殺人事件。一発の弾丸が、リネットの命をうばったのだ。乗りあわせていた名探偵エルキュール・ポアロの捜査がはじまる。ところが、リネットとサイモンに復讐をちかっていたジャッキーには完璧なアリバイがあった。夫のサイモンも負傷のために犯行をおこなうのは不可能。容疑はほかの船客にもむけられるが……大胆かつ華麗なトリックに、ポアロの頭脳が挑戦する!」
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/320015.html

 ここには大量の人物が出てきて、どれも奇矯な人物ばかりであって、むしろ犯罪の中心にはいない彼らの隠された性癖が暴かれていく様子のほうが興味深かった。そういうところの隠し方が見事で、こちらのほうを書きたかったのではないか。クリスティは貴族趣味の作家であって、その点は同時代の探偵作家とは一線を画している。多くの小説で、クリスティは貴族やブルジョアの一見隙のないダンディさの後ろに多くの秘められたことを暴くことを行っている。彼らを暴露するには、同階級のひとたちでは無理なわけであって、彼女の探偵がベルギー人であったりオールドミスであったり、貴族やブルジョアの周辺にいる人であるというのはそのためなのだろう。
 もうひとつは、驚くほど情景描写が淡白なことで、せっかくエジプトを舞台にしていながら、その様子はいまひとつはっきりせず、いったいどういう生活なのか、どういうホテルなのか、さっぱり伝わってこない。しかも後半半分は遊覧船の中で起こり、その船の大きさは登場人物の数からわかるとしても、どういう構造なのかはよくわからない。それでも読者の興味を持続するというのは、うーん、いったいどういうわけか。
 あと、女性の描き方が秀逸。そのかわり、男性の描写は淡白で類型的。このあたりは宝塚になってしまうのだな。
 おまけで、都筑道夫が「サタデーナイト・ムービー」の中で「ナイル殺人事件」を取り上げている。原作はこれで、センセーによると論理に矛盾があるそうな。全然気づきませんでした。もちろんセンセーもどこが矛盾か記載していない(真相の根幹に触れるため)ので、自分には謎のまま。映画はなかなかいいそうな、自分は未見。