1920年代の欧米ミステリ黄金期の作品として「完全殺人事件」が常にあげられていて、中学生のときに新潮文庫で友人に借りて読んだ(当時は創元推理文庫版もあって、2種類がでていた)。内容はさっぱり覚えていない。クロフツ張りのアリバイ崩しものということで、同じように時刻表を使っていたのかな。どうだったろう。もはや入手の難しい作品になってしまった。
これは「完全殺人事件」の6年後、1934年の作。アリバイ崩しものであるのはそのままであるが、今度は容疑者のアリバイが完璧で警察捜査ではどうにも崩すことができないという趣向のもの。だからこのタイトルになる。というわけだが、旧かなで書かれていて、あんまり物語が頭の中に入ってこなくて、どこが鉄壁のアリバイなのかよくわからなかった。イギリスの田舎に住んでいる資産家。資産家が殺される。発見者が電話で通報する。しかし、発見者と目される人はそのとき現場にいなかった。では誰が電話を。資産家に出入りしている胡散臭い人々。そのはずで、資産家は恐喝をしていたのだ。
あまり頭のよくない警察官の捜査が進む。アリバイは崩れない。そこで「完全殺人事件」を解決した探偵が事件に介入する。そして、容疑者のアリバイを崩すためにある策略をかける。
こんな感じ。イギリスの片田舎のできごとで、のんびりした暮らしぶりが描かれる。でもそれはクリスティやセイラーズあたりのほうが生き生きとしているとみた。うーん、今日的な読み物ではなさそう。(1930年代のイギリスミステリをカー・クロフツあたりで読んでいるのだが、ほとんどが田舎で起こる事件を扱っていて、なかなかロンドンという街中が現れない。なぜかな。ミステリの読者は知的なものであり、それこそロンドンなどのシティに住んでいるから、現実逃避の読み物であるミステリでシティのことなぞ読みたくもない、そういうのを作者が読み取っていたからかな。)
訳者は森下雨村。1956年の出版。戦前の雑誌「新青年」の初代編集長。彼のおかげで江戸川乱歩や横溝精史あたりが世に出た。日本のミステリの最初のプロデューサーだったのだ。主にそういうポジションで覚えていたので、翻訳者、しかも戦後に活躍というのは思いもよらなかった。プロフィールを見ると、1890年生まれとのこと(1965年没)。「新青年」を始めたころはとても若かったのだね。