odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

司馬遼太郎「項羽と劉邦 下」(新潮文庫) 始皇帝が身罷ったあとの中国古代帝国誕生の物語。英雄の巨大さは日本人からは計り知れない。

 ふむ、四半世紀前のほぼ同じ月に読んでいたのか。
 そのときは、中国の歴史にはほとんど無知だったので、この小説にはほとほと苦労させられたのだった。作者のほかの小説との差異を考えれば、僕らとしては、中国古典と中国古代史を基礎知識として持たないので(漢文教育が廃れたためだ)、まず話をよく知らない。で、「史記」や「漢書」などの原典にもとづいて話をする時に、閑話休題と後でつけるような取材成果をいれることができない(生き証人などいないし、連載当時の1960-70年代には渡航することは難しいことだった。入国許可証を得ることがまずできないし、直行便もない)。取材を通じた小説的な想像力を飛翔することが困難。
 しかも、人物が歴史上の「典型」的であるとすると、その理解のアプローチも先人を踏襲せざるを得ない。「劉邦」を町の人気のあるおっさん風に描写するのは新しいとはいえ、僕らの知っている人物からは遠いのであって、彼らを理解する、というのはなかなか難しい。そんなわけで、日本人を主人公にしたほかの小説と比すと、抽象が多くて、主人公たちへの感情移入を拒むようなものになっている。
 初読のときの感想はこんな感じ。記憶に残っているのが、当時の酒はどぶろくみたいなつくりだが、醸造や蒸溜の技術に乏しかったからアルコール度数はビール程度で、たくさん飲まないと酔えなかったということ。なんて情けない読み手だったんだか。二度目のときには、それほど苦労することなく、すらすらと読めた。たぶん横山光輝の中国古代史のマンガをたくさん読んだから(ついでに「三国志演義」全部を読んでいたのも大きいな)。
 項羽にしろ劉邦にしろ、自分の巨大さというのはどうにも想像しがたいもので、彼らのことをうんぬんいうことができない。その代わりに、中央集権国家が誕生していく過程とか、貨幣経済の原初形態をみることができるとか、政治や経済の観点から見るとおもしろいのではないかしら。
 ここらへんの小節から中国3千年を勉強するとっかかりになるのだろう。