odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

吉田秀和「レコードのモーツァルト」(中公文庫) 1972年から1974年にかけての演奏状況。巨匠をめでるより新人を見つけることに喜びを楽しみを持つ。

 所収のエッセーが書かれたのは1972年から1974年にかけて。こうして再読すると、その時代がクラッシック音楽の演奏と需要に変化をもたらしていたことがわかる、1980年以降の古楽器ムーブメントからするとインパクトの小さいものであったかもしれないけれど。たしかにカラヤンベームルービンシュタイン、ケンプ、ホロヴィッツのような戦前から活躍している大家が存命中で、その影響はとても大きかったのだが、新しい美意識をもった新人が生まれていて、それは新鮮に感じられた。ここに出てくるのは、マリナー(とアカデミー室内管弦楽団)、ヘブラーブレンデル、ピリスなどの人たちで、おおむね1930年代の生まれ、SPの録音経験はなく、この時代に中年に差し掛かったばかりの「新人」たち。どこが異なるかというと、それ以前の人たちが音楽を自分のうちにいったん全部取り込んで、主観的・感情の赴くままに個性的な音楽を再創造することを主眼としていたとすると、新人たちは音楽と距離を置いて作曲者の意図を読み直し、客観的・正確に表現しようということ。前者がどうしてもの「○○(演奏者)のモーツァルト」として聞かれるのだが、後者だと「モーツァルト」それは○○(演奏者)による、と聞かれるものになる。技術にはすこしあやしいところがあった大家の演奏と比べると、それはとても正確でしかもすみずみまで意図のかよったものであった。そういう新しさが当時生まれていたのだった。
 吉田秀和のすごさ、というのは、こういう目配りの行き届いたところになるのかな。彼の文章を読むと、昔の大家について書いたものより、今そこにある新しいものを驚きと喜びを持って紹介しているほうがずっと印象深いし、読みでがある。それは彼が一生懸命考えているから。ルーティンな言葉使いをしないで、もどかしさののこりながらも懸命に伝えようとしているから。それは直感や趣味によらないで、文献や専門家の意見などを引いて客観的であろうとする。そのあたりは1970年代に出てきた新しい演奏家と同じような立ち位置にいるような気がする。 
 まあそこから20−30年もたつと、ここに紹介された新人たちも大家になっていて、残念ながら彼らの演奏にも飽きが来るようになってしまった。1980年代には、この本に紹介された同世代の演奏家は技術は上手だけれど誰のを聞いても同じに聞こえる、という評に変わってしまったのだから。正確で清潔なことは重要ではあるが、それだけでは足りない、さらになにかが、というわけだ。
 もうひとつの変化は、音楽録音を入手することが簡単になったこと。ここに書かれた録音を当時全部聞くことは相当に難しかった。でも、いまでは簡単に大量の音楽録音を耳にすることができる。それは、同じ言葉では書くことができなくとも、おなじような印象をもつことを容易にしてしまった。

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