odd_hatchの読書ノート

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レイ・ブラッドベリ「たんぽぽのお酒」(晶文社) 1928年の特別な夏。事件や冒険は大人や老人に起こり、人格を形成している少年は冷静な観察者になる。

 【ロサンゼルス=西島太郎】AP通信によると、米国を代表する作家、レイ・ブラッドベリさんが5日、カリフォルニア州ロサンゼルスで死去した。

 91歳だった。死因は明らかにされていない。

 1920年イリノイ州生まれ。SF、怪奇、幻想小説など幅広い作品を手がけた。詩的で叙情豊かな作風が人気を呼んだ。代表作の長編「火星年代記」は、日本を含む世界30か国以上で出版された。このほか、「華氏451度」、短編集に「黒いカーニバル」、「刺青の男」、「ウは宇宙船のウ」などがあり、47、48年に2年連続でO・ヘンリー賞を受賞した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120607-00000075-yom-soci

 ダグラスは12歳、トムは10歳の兄弟。今年は1928年で、イリノイ州グリーン・タウンの夏が始まる。トムはこの夏に起こるすべてのことを書きとめておこうと5セントのノートを買い、ダグラスは夏を満喫するためのテニス靴を買う。おじいちゃんはタンポポを集めて、エキスをアルコールに入れたタンポポのお酒を造る。そうしておけば、夏は壜詰めにされて、いつでも夏を思い出すことができるからだ。夏の始まりと同時に、二人は街中を走り回る。そしてタンポポのお酒とトムのメモは保存され、こうして80年の年を経ても、特別な1928年の夏を思いだすことができる。
 よくある少年小説や子供向けファンタジーのように、主人公は少年であっても、冒険は彼らに起こらない。事件はいつも大人や老人の側に起こり、少年たちはその冷静な観察者になっている。なにしろ12歳の時にはしっかりとした人格が形成されていて、自由や民主というのは彼らに具現化しているのだ。彼らは公平で平等で自由だ。いかんせん力を持っていないから、大人や老人に影響を与えることはできず、彼らの観察は彼らのなかにとどまることしかできない。そして、自分の限界を意識し、性の衝動が現れるようになると、彼らの人格は次のところへ行かなければならなくなる。
 ダグラスとトムが見るのは、主に老人たち。すでに人生の終焉を意識している彼らが子供と同じような感情をいだいているとき、両親らの大人よりも子供らには近しい。まあ、経済活動から少しずつ離れているというあたりが共感を持ちやすいということになるのだろう。老人たちが死ぬ、そのことを少年たちが経験するというのが、この小説の主題になるのだろうな。幾人もの老人がこの夏に亡くなる。南北戦争を記憶する元兵士、部屋と庭の手入れが天才的なおばあちゃん、彼らが高邁なメッセージではなくて、ごく日常的な<生活>の知恵を残してなくなるのは美しい、と思った。とりわけ、部屋と庭の手入れが天才的なおばあちゃんが、自分の死ぬときを意識し、子や孫を一人ずつ呼び寄せ、彼らに語りかけ、すべての人とお別れをしてから、独りぼっちになり、海が浜辺に彼女を帰していくまでの数ページは圧巻。歴史の教科書には名が残されないが、彼女の家族と読者の心には彼女の(書かれていない)人生が強い印象を思って残ることだろう。たぶんダグラスやトムにも同じことが起こったはずで、終盤になってダグラスは物はなくなり、人は死に、そして何よりも重大なこととして自分も死ぬということを理解する。そのときにおきた恐慌もまたわれわれ読者がダグラスと同じくらいの年齢のときに、経験してきたものだ。それが克明にかかれているものだから、この数ページは読者自身のためにかかれたものだと思うに違いない。
 ブラッドベリの詩的な文章(というより卓越した比喩の力)が喚起するものは大きくて、しかもたぶんに普遍的なものなので(あいにく貧困の限界にいる人々や戦争に巻き込まれている人々までは届かないだろう、経済の発展と政治の安定があるというのがこの小説の暗黙の前提)、このストーリーは忘れがたいものになる。というものの、前回読んでから25年もたっていると細部の記憶はよれよれで初読に等しく、もはやダグラスに共感を持つにはすれっからしにすぎ、多くの老人たちに感情移入しながらの読書だった。(そうそう、子供のある種の残酷さ。10歳の少女に「あなたが10歳だったことはない」といわれてむきになるも、家に残された記憶のためのものを子供に上げ、「私は生まれたときから70歳だった」と開き直る老女のこと。どこかで気にかかっていたが、ここに書かれていたのだった。)

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