odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

山田風太郎「神曲崩壊」(朝日文庫)

 1988年ころに本屋で「人間臨終図鑑」という大部の本を見た。上下2巻で、一歳から90歳くらいまでの有名人の死にざまを書いたもの。国籍、性別、職業に関係なくともあれ有名人であれば、とにかく死にざまを収録しようとするもの。配列の基準は単純に死亡時の年齢のみ。荒俣宏編「知識人99人の死に方」では死因別で、かつ邦人のみということだった。これと比較すると、作者の編集(偏執)ぶりはいちだんと際立って尖鋭なものになっている。なにしろ人の死にざまは資料に乏しいだろうから。それこそ大量の新聞を集めたのだろう。死が相対化されて、特別なものではないということになる(しかし「この私」が死ぬことは一大事件、というパラドックスアポリア)。
 この巨大な著作(あまりに大部だったので、購入は断念)のスピンオフ作品になるのだろう。1990年初出。

 「19XX2月30日正午ころ、人類は核戦争を起こし、地球全体を崩壊させてしまった。ちょうどそのとき『神曲』を読んでいた「私」は、地獄の門の前でダンテに出迎えられ、地獄めぐりの旅に出る。 「私」を乗せた馬車が行くのは、飢餓、飽食、酩酊、愛欲、嫉妬、憤激の六つの地獄。その中で古今東西の著名人がのたうち回る。
 飢餓の地獄 − 夏目漱石正岡子規石川啄木永井荷風、尾崎放哉、辻潤、乃木将軍、河上肇、山口良忠判事、俊寛
 飽食の地獄 − 小島政二郎壇一雄吉田健一山本嘉次郎獅子文六子母沢寛谷崎潤一郎梅原龍三郎林芙美子近藤日出造大宅壮一佐藤栄作徳川家康北大路魯山人
 酩酊の地獄 − 小栗虫太郎若山牧水稲垣足穂種田山頭火梶山季之江利チエミ黒田清隆、平賀源内、ロートレックゴッホユトリロヴェルレーヌ、ポー、横山大観井伏鱒二李白古今亭志ん生
 愛欲の地獄 − 源義経藤原道長玄宗皇帝、ユゴークレオパトラ小林一茶広沢虎造柳家金語楼菊田一夫川口松太郎川上宗薫、木村荘平、徳川慶喜豊臣秀吉始皇帝有島武郎嵐寛寿郎竹久夢二東郷青児太宰治、村岡伊平次、小平義雄、大久保清
 嫉妬の地獄 − 岡倉天心荒畑寒村幸徳秋水北原白秋大杉栄、神近市子、甘粕正彦大尉、松井須磨子
 憤激の地獄 − 三田村鳶魚石川達三徳田球一磯部浅一東郷茂徳外相、宇垣纏参謀長、井上成美大将、桐生悠々黒沢明勝新太郎溝口健二浅野内匠頭吉良上野介赤穂浪士、水戸天狗党大塩平八郎田中正造織田信長
 人間の歴史はまさに愚行の歴史。それを鋭く抉る一大絵巻。」
http://homepage3.nifty.com/DS_page/yamada/shinkyok.htm

 登場人物をまとめたサイトがあった。ありがとう。彼らが、史実通りに動けば動くほど、読者は哄笑する。とりわけ天皇に憤激する共産党員・徳田球一226事件首謀者:磯部浅一の取っ組み合いに大爆笑。この例に典型的なように、登場人物には、保守政治家と革新政治家、軍人と共産党員、文学者に芸能人、権力者に市井の生活人、20世紀半ばに存命だった人と歴史の教科書に載るような人、などという具合に、立場や思想を異にする人たちが一堂に会している。その結果、彼らの主義主張、思想に作品の出来栄えなどの評価は全く無効になり、生の執着という一点、それも度外れた熱心さにおいて、笑いの対象になってしまう。岡林信康「ガイコツの唄」にある「どうせみんなくたばって/おいらみたいになっちまうんだから」と同じ視点に立つことになる。そして、笑いのあとに戦慄する。
 ダンテに従うのは、ラ・ロシュフーコー公爵とラスプーチン。前者は堀田善衛の評伝に書かれた姿とだいぶ違うなあ。この小説だと、顔に傷を負って、女にもてなくなり、サロンから退いた皮肉な人生観察家。「私」の嘆きやダンテの解説のあとに、「箴言」からの引用を口にする。ラスプーチンは御者に徹して、姿を現さないが、最後に重要な役割を演じる。彼を好む作者の仕掛けにわれわれは唖然とし、その様子を思い描いた(はずの)作者はニンマリする。

    

 漱石や啄木、荒畑寒村幸徳秋水らは関川夏央原作・谷口ジロー画の「『坊っちゃん』の時代」 (双葉文庫)でデフォルメ付きで描かれているので、併せて読んでおきたい。