odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

峠三吉「原爆詩集」(青木文庫)

 たしかにその日に何が起きたのか、その後の世界をどのように生きたのか、町がどのように復興したかは知識として知っている。それでも、その場所にいた人の体験を聞かされるとなると、そのすさまじさに圧倒され、頭を下げることになってしまう。
 ここに書かれた事実というのは、おそらくダンテの想像する地獄よりもさらに陰惨で凶悪で悲惨な世界であるに違いない。それでもなおかつ、著者は自分の体験はこのようなものではない、これよりももっとひどいものであったというであろう。そのことにその一方で献身的に傷ついた人、苦しんだ人に勤めた人がいたのだ、というはずだ。悲惨極まりない状況における絶望と希望の書。憤りと愛の書。
 1950年だかの原水協で、被爆者の団体は二つに割れる。その騒動の様子を描いた詩が最後のほうに現れる。被爆者自身の苦しみや痛みに関係ないところで行われる「政治」的駆け引きや闘争というもののばかばかしさ。1953年に病没、36歳。

  

 青空文庫でも読める。
作家別作品リスト:峠 三吉

 アメリカのアングラ映画に「アトミック・カフェ」というのがある。1940-50年代にアメリカで作られた反ナチス、反共のプロパガンダ映画や原水爆戦における民間防衛の宣伝映画をコラージュして作った映画。そこには一切のナレーションはなく、元の映画の映像と音声が流れるだけなのだが、次第にその滑稽さ、ばかばかしさに気付いていくという仕掛け。なにしろ、原水爆が爆発した時には、防空頭巾をかぶり机の下に潜り込め、そして亀の子の姿勢を取って頭を防御しろと教育する。強熱と爆風をやり過ごしたら、教師の指示に従って防空壕に入りなさい、そこにはミルクにビスケット、ミネラルウォーターなどが用意され、1年間は大丈夫だよ、放射線から防御されているよという。しかし、その映像のあとに、水爆実験の威力確認の映像が流れる。それだと木造建築は一瞬で吹き飛び、根を張った樹木は燃え上がり、コンクリート建築物も鉄骨だけがのこる。そのような事態において、頭を抱えて机に潜り込むのにどんな意味がある(そのスローガンが50年代ポップス風で軽快にうたわれるのだ)。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5209
 長々と書いたけど、このばかばかしさを笑い、のちに戦慄するためにも、これは読んでおいたほうがよい。楽しい気分や知的興奮というのはない。でも、熱戦で一瞬(よりも短い時間)で自分の体が蒸発することや、全身の重度の熱傷で水を求めることや、死体で川が埋まること、政府・自治体・軍隊などからの生活支援や復興支援を受けられないこと、長期の放射線障害に苦しみ、差別にあうことなどを知っておいたほうがよい。アニメの爆発シーンに爽快感を感じる一方、キノコ雲の下にいることがどういうことかの想像力をもてるようになったほうがよい。
 とはいうものの、同時に放射線についても正しい知識を持つことも必要。それも量産される時局便乗型の本ではなくて、大学の教科書を読むべき。そうすると、放射線については、物理と化学と生物学と地学のすべての知識が必要で、その理解には少なくとも高校の教科書を読みなおすくらいの勉強をしてください、ということになる。