odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

遠藤周作「海と毒薬」(新潮文庫)

 「戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識”の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。」
遠藤周作 『海と毒薬』 | 新潮社

 実際にあった「事件」をもとにした小説。ノンフィクションであれば「責任」を追及するのであろうが、ここでは語り手ないし視線を医学部の助手に置くことによって、具体的な個人の責任を問うことはない。
 解説のような「罪の意識の不在」をもたらす背景として次のことは列記しておくことにしよう。すなわち戦前のこの国はドイツの科学研究組織モデルにして作ってきた。そこでは、教育・研究は大学で行うものであり、研究費の大半は官庁が負担する。講座ごとの独立性が非常に強く、内部では教授を権力の中心においていた。要するにアカデミズム科学の牙城であり、外部(企業、政府、市民など)からの批判を受け付けないところであった。戦争中は科学動員が進んだものの、この国の研究者は組織化されず、成果を上げていない。まあ医学部であり、近くに師団本部があるという立地から、軍との関係は強かったのだろう(軍は必ず医師と看護兵を必要とし、最新知見を大学などから収集するのであった)。
 事件の背景はよくわからない。軍内部の研究班の要請なのか、医学部の功名争いなのか。また医局の下っ端(主人公自身を含む)がなぜ犯罪に加担したのかも理由がわからない。いや「神なき日本人の“罪の意識”の不在」を問うとすれば、理解できる。まあ<システム>(@カレル・ヴァン・ウォルフレン)の要請を断ることは、インサイダーにとっては困難なのだ、ということになる。
 中心にあるのは、捕虜の「死」であり、それがきわめて事務的・機械的に「処理」されていることにまず慄然とする。ここには「死」の恐怖、憐憫、同情、悲哀、否定、嗚咽などの感情と身体反応がない。虚脱と疲労感のみ。まずこのような「死」の現場の異様さに背筋を冷たくした。このような死は受け入れがたいと思うような死が強制的に押しつけられたのであった、それも単に捕虜であり若いという理由によって。
 それに対置される日常的な死がいくつも現れる。前半の作家の肋膜であり、銭湯で聞く元憲兵のうわさであり、結核で入院している患者たち(とくに最新手術を薦められる老婆)であり、空襲の被害者であり、手術ミスによる若い妻の死亡、死産、医大生による堕胎などである。これらは「人間的」な死と言えるかもしれない。とはいえ、それが日常的にあるような当時の世界もまた「異常」と思える。死に慣らされて無感覚になるということもまた恐ろしい。(とはいえ、複数の死を直視し続けることはこれもまた困難きわまりない。死者の数が増えるような報道を聴くたびに、耳と目をふさぎ、「懐かしい日常」にひきこもることを求めてやまない。自分の弱さに唖然とする。ここを書いたのは2011/4/4。)
 御詠歌を詠む白痴ぎみの女性やボランティア活動に熱心なドイツ人のヒルダ夫人などの存在が、読者をほっとさせることにはなる。