odd_hatchの読書ノート

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生松敬三「二十世紀思想渉猟」(岩波現代文庫)

1920年代ドイツのワイマル文化は短くも閃光のように輝き,今日もその残像は消えない.その瞠目すべき思想・芸術の多産性は,20世紀の問題のほとんどを提起し,「現代思想のるつぼ」となって沸騰した.そこに行き交うさまざまな人間像を具体的なエピソードで切り結び,20世紀思想の地層を発掘する思想史的エッセイ.木田元〈解説)
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/60/6/6030260.html
1 現代文化の葛藤 晩年のジンメル/2 クレンペラーの回想から ジンメル与論/3 ドイツ科学の興亡 ワルター・ネルンスト/4 時代からの逃走 フーゴー・バル/5 形而上学の復活 ペーター・ヴースト/6 大洪水の前に ワイマル文化史への一寄/7 ベルリン・ダダ ディクス/グロース/ハウスマン/8 ただ一度だけ テーオドール・レッシング/9 芸術における精神的なもの カンディンスキー/10 バウハウス、ひとつのユートピア? ワルター・グロピウス/11 神智学への道 ルードルフ・シュタイナー/12 知恵の学園 ヘルマン・カイザーリング伯/13 ゲオルグの周辺 ベルトラム・グンドルフ・ゲオルグ派/14 パリ=ベルリン 1900‐1933/15 ドイツ青年運動 若きベンヤミン/16 キャバレー文化 ヴェデキント・トゥホルスキー/17 カッシーラー遺聞 アカデミーのドイツ系ユダヤ人たち/18 新聞の文化史 ジャーナリズムのドイツ系ユダヤ人たち」


 このように章ごとの登場人物を閲覧するだけでも、まことに目がくらむような多士済々の名前がつづく。著者の関心はワイマール文化ということだが、おおよそは1900年から1933年までの出来事に広がり、おおむねベルリンに注目しながらも、マンハイムミュンヘン、ウィーンという別の都市にも筆は伸びる。それだけワイマール時代というのは興味深い時代であるということだ。ドイツの敗戦と皇帝の退陣で始まったワイマール共和国は、経済の混乱と政治の無策があり(賠償金支払で経済は伸び悩み、フランスのルール地方占領でハイパーインフレが起こり、アメリカの資本投資で息を吹き返す。政治にはありとあらゆる立場の政党があり、イニシアチブを持つものはなかった。民主主義、自由主義社会民主主義共産主義アナーキズム民族主義キリスト教右派などなどの党派が乱立)、一方文化と学問は最大限に繚乱する。若者文化が栄えるが、中高年サラリーマンは企業の効率化のために簡単に馘首されるし、人々を政治から目をそらすためにスポーツが振興され、ときには裸体運動も起こり、怪しげなオカルト団体が交霊術に占星術を行っていた。まあ現在の資本主義と消費社会の原型はここに見られるのであり、文化の退廃とか道徳の喪失ということも指摘され、それが1933年ナチス政権誕生にいたるのであるから、この時代はとてもヴィヴィッドで現在らしさをもっている。
 さて、著者のアプローチは徹底して書物から。ある一冊の書物を読みながら、テーマに関連した別の本B、C、Dを紹介し、さらに新しいテーマを書物Cに見出して別の書物E、F、Gに話題はとび、という具合で、数えていはないが一章あたり10冊の本とその2倍の人物が登場するとなると、ここには200冊の本と400人の人物がいることになる。このやりかた、タイトルの「渉猟」にふさわしいのであるが、いまであれば書物間にリンクを貼ることといいなおすほうが良いだろう。すなわち、一冊の本が別の本にむけたリンクが飛んでいて、そこからさらに。そうして膨大な書物の網の目ができて、そのネットやウェブを交通しているうちにおのずと全体の構図が見えてきて、場合によっては著者の手が行きとどかなった場所を発見することも可能になる、そんな感じ。自分も本を読むとき、そこから関連書籍を何冊想起、発見できるかをいつも考えていて、何も見つからないときは自分の負け(なんの?)と思っている。
 というわけで、この本のワイマール文化にはやはりかかれなかったことがあって、ひとつは音楽。なにしろクレンペラーしか名が出ないというのは寂しい。というわけで、ここに登場するカンディンスキーシェーンベルクと文通していた記録であるシェーンベルク/カンディンスキー「出会い」(みすず書房)は読んでおきたい。この本ではあまり重きを置かれていないアドルノ(活躍場所がウィーンだったから仕方ないか)もこの時代の活躍を「アルバン・ベルク」(法政大学出版局)に書いている。あと、この新ウィーン学派はアルバイトとして、キャバレーソングを作っていて(1900年代初めのころだが)、たしかCDになっていた。
 もうひとつは映画で「カリガリ博士」は登場しても、国の威信をかけた映画会社とそれをつぶしかけたフリッツ・ラングのことが触れられないのは残念。ベラ・バラージュ「視覚的人間」(岩波文庫)あたりで当時の雰囲気をしのべる。あと「戦艦ポチョムキン」のベルリン初演の様子は山田和夫「戦艦ポチョムキン」(国民文庫)に書かれている
 ワイマール文化におけるユダヤ人の役割は山口昌男「本の神話学」(中公文庫)に書かれている。亡命ロシア人もたくさんいて、ウラジミール・ナボコフ「賜物」(福武文庫)が参考になる。
 ハイゼンベルクが若いときにワンダーフォーゲルに加入していたという話もでていて、上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)も背景の理解に必須。裸体運動(ヌーディズム)が書かれていたのは伊藤俊治「裸体の森へ」(ちくま学芸文庫)なのか「愛の衣裳」(ちくま学芸文庫)なのか「聖なる肉体」(リブロポート)なのかは失念。大量殺人、猟奇殺人の奇妙な大衆の興味は牧逸馬「世界怪奇実話」(光文社文庫)で確認できる。
 同時代のベルリンとその周辺にいた日本人の記録は三木清九鬼周造諸井三郎あたり。