odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

藤本隆志「ウィトゲンシュタイン」(講談社学術文庫)

 哲学素人の自分が、「論理実証主義」が云々、「言語ゲーム」が云々、「日常言語」が云々をいっても間違いだらけになるので、その種のことは書かない。1970年代の高校倫理の教科書や参考書にはウィトゲンシュタインは載っていなかった。でも1980年代には大学生協の書籍売り場には全集がそろっていた。けど高かった。いまでは文庫で主要著作が読めるのだ。しみじみとありがたい。

 この人は、19世紀ドイツ音楽の興味の延長で知ることになった。その関わりで記録すると、
・祖父がオーストリアで起業して大成功。父も事業を拡大。しかし三代目のルートヴィッヒの代になると、兄たちは見込まれたものの次々と若くして自殺。残った兄パウル*1はピアニストに、ルートヴィッヒは天才肌だが定職につかず。というわけで、父は失意のうちに亡くなったのだった(そうなったきっかけは姉が才媛で、しかも経済界の大物と結婚したからだって)。
・父や母が芸術に興味があったので、自宅を芸術家に開放。そのため、ウィーンの大邸宅に訪れた音楽家には、ブラームスマーラーワルターカザルスという大物が並ぶ。歌劇場の指揮者や歌手もよく呼ばれたのだろうなあ、オーケストラコンサートに客演したソリストも招かれたのだろうなあ、とクラシック音楽ファンは驚愕とため息の両方をつく。
・経済的な発展と版図の拡大によってオーストリア帝国は最盛期。そのためウィーンはわずかな間に人口を増やした。一方、使える土地に限りがあるために住宅事情は最悪で、食料供給はままならない。セイフティネットも不十分で、失業者がたくさんいた(若いヒトラーもその一人)。そのとき、ウィトゲンシュタイン家のようにウィーン経済界の大物にはユダヤ人がたくさんいたので、彼らの民族主義的な主張があいまって民族主義者・愛国主義者の憎悪の対象になっていた。
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 このあたりの背景がおもしろい。ノーマン・マルコム「回想のウィトゲンシュタイン」(講談社現代新書)は個人的な付き合いのことにフォーカスしていて、これらの背景には触れられないので、両方読んでいたほうがよい。19世紀後半から1930年までウィーンの知的・芸術的活動には目を見張るものがあって、そこにいる天才秀才たちの名前にはくらくらする。しかも分野を超えた知人友人関係があるのにも驚き。なので、この時代のウィーンを書いた本はどれも面白い。S・トゥールミン/A・ジャニク「ウィトゲンシュタインのウィーン」(TBSブリタニカ)、生松敬三「二十世紀思想渉猟」(岩波現代文庫)山口昌男「本の神話学」(中公文庫)など。
 ルートヴィッヒ本人についていうと、
・憂鬱症の持ち主で、癇癪持ちで、潔癖で、奇行の連続。その天才があっても、本人と付き合うのはつらいなあ。どうやら同世代の友人はまずいなくて、ラッセルのような年長者か、ケンブリッジの講義を聴講した弟子くらいしかつきあいがなかったみたい。このあたりの超俗的な生き方は、苦しいだろうなあ。まあ、友人なし、援助者なしの独身者の老後がどうなるかを如実にみることになるのだ(彼の老後生活の一部は自分の未来である)。
・そのうえで「論理哲学論考」をぱらぱらとめくる(この本では抄録)。「世界は成立するものごとの全体である」「成立するものごと、(すなわち)事実とは、事態が成立しているということである」という文章から開始され、途中からの論理学に関するところはまず理解できない。それもでなお読み続けうると、「われわれ」「わたし」が登場し、いったい誰を指すのか、なぜ現れるかがやはりわからない。それでいて6・431から死と生を語りだし、「謎といったものは存在しない」と断定されたのちに、読者はこれらの命題を乗り越えよ、という。ここで不意に感動した。理解したからではなく、若いルートヴィッヒに慰められたからでもなく、生と死を超克するきっかけを与えられたというわけでもなく、ともあれ理由不明で、論理を語りきった先に現れる生と死がふだん口にする生と死とはまるで違う相貌をみせているからか。けっして大部ではない文章が巨大な著作一冊分を読了したときのような満足と安堵を与えている。そのことに驚く。
 とはいえ本書は500ページ弱の枚数に生涯、思想の概要、主要著作の抜粋、死後の影響などをまとめているので、いずれも記述は薄い。最初のとっかかりとしてはよくても(これがかつては単行本で1500-2000円していたのだよなあ)、物足りなさが残る。最近は新書でウィトゲンシュタイン入門がいくつか出ているようだから、そちらも読んでいたほうがよい。とはいえ、本人自身の著作を読むに限る。こちらも文庫で入手が容易になった。