odd_hatchの読書ノート

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諸井誠「音楽の現代史」(岩波新書) 戦間期の西洋音楽はロマン主義を解体していく過程。

「十九世紀末以降,西洋古典音楽は調性の崩壊,民族的素材の見直しなどにより今世紀前半に多彩な発展をとげた.一九一〇年代のバレエ音楽,二〇―三〇年代のオペラ,三〇年代のバイオリン協奏曲など各時期の代表的作品の検討を通して,歴史の激動とともに音楽がどのように変容していったのかを明らかにし,戦後音楽への影響を考える.
岩波書店

 生松敬三と同じく1920年代に興味を持つ著者は、自分の得意分野である音楽でこの時代を鳥瞰し、あわせて19世紀と20世紀のかけ橋となるこの時代をまとめる。記述はだいたい4つにわかれ
1.19世紀音楽の巨大な湖となったワーグナーからいかにはなれるか、いかに継承するかが次の課題になる。取り組んだ試みから、1900年の最初の00年代のマーラーR・シュトラウスドビュッシーの音楽を語る。
2.1910年代の特徴的な音楽として、バレエ音楽を見る。ストラビンスキーの3作、バルトークの3作(「青髭公の城」をあえてこの中にいれて)をみる。あとディアギレフの重要性を語る(ドビュッシーラヴェル、その他に傑作を書かせる)。
3.1920年代の特徴的な音楽として、オペラを見る。重要作はベルク「ヴォツェック」、ショスタコーヴィチムツェンスク郡のマクベス夫人」、ガーシュイン「ポーギーとベス」。あとは、ヒンデミット、ワイル、ラヴェルなど。あとシェーンベルク、ストラビンスキー、ラヴェル室内楽+声楽の作品もあわせて。ポイントはこれらのオペラが今日の社会に向けた視線であること。いずれも殺人をモチーフにし、背後に都会の喧騒と退廃、個人の孤独と疎外があることなど。
4.1930年代になると、政治が芸術や文化を支配、統制しようとしてきて、いくつかの抵抗はあったものの成功しなかった。したがって作品の傾向は社会批判、風刺から離れ個人的な内面を描写するものに変わる。そのような傾向を示すものとして、バルトークプロコフィエフ、ベルク、シェーンベルクらのバイオリン協奏曲がある。

 著者の主張ではないけど、こんな図式を考えた。政治や社会から見たときに、19世紀はとてもながい(1789年のフランス革命から1918年のロシア革命までを「19世紀」とする見方)。一方20世紀は短い(1918年ロシア革命から1989年ビロード革命までという見方。きっと修正されていることだろう)。しかし、こと音楽に限ってみると、「19世紀」なるものはもっとながくて、1750年のバッハの死から1945年の第2次大戦の終結までではないかという見方ができる。1350-1550年のルネサンス、1550-1750年のバロック、1750-1950年のロマン派、1950-?のコンテンポラリー音楽という分類だ。まあ、西洋の音楽史を200年単位でみようというやり方の受け売りなんだけど(誰の本だったかなあ)。そのとき、この本であげられた1900-1945年のクラシック音楽というのはロマン派を解体していく過程であるのだ、ということになる。キーワードはアンチロマンのための形式主義象徴主義表現主義新古典派あたりかな。もうひとつは社会変革とか個人革命などの契機としての音楽という理念かな。こういう20世紀前半の実験を吹っ飛ばしてしまったのが、第2次大戦であって、西洋とアジアの惨禍を経験した後、こうしたやりかたはダメ、芸術は政治に負ける、ということになった。うきあがったのは、ヴァレーズからの電子音楽メシアンからのセリー主義、サティからの偶然性の音楽あたりかな。芸術を政治に従属させるという試みもあったけど、体制の崩壊とともにこれも挫折。
 著者の主張していないところを記述するのはここまでにしておこう。新書というフォーマットでは文字数が足りないので、個々の事例の紹介に終始して物足りない。思想史の研究には素人であるので、深い議論にはなっていない、など瑕疵は多い。逆にいうと、初心者のためにはよいガイドになるのであって、そういえばこの本を読んでからしばらくの間、取り上げられた作品のレコードやCDを買っていたのだった。1984年当時はレコードもCDも高いし、録音は少ないしで、大変でした。あとはこういう「音楽史」を書くことの困難。とりあえず1900-1945年を鳥瞰することはできたが(不完全ではあっても)、1945年以降を書くことは可能だろうか。自分だと各国史か個人の活動の羅列にしかならないような感じ。まあ歴史と現在の距離が中途半端なところがそうするのだろうな。