odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

開高健「歩く影たち」(新潮文庫)

兵士の報酬 ・・・ ベトナムのCゾーンで大隊ほぼ全滅の戦いから生還した日本人記者の3日間の休暇。アメリカの曹長と食い、飲み、買う。休暇が終えていないのに、曹長は戦場に戻るという。「渚から来るもの」の終わったところから始まるノヴェル。ストーリーはない。空虚とか、ニヒルとか、無(ナーダ)とか、そういう不在と拒否の感情。「戦い」を見た後にはこういう言葉でしか語ることができず、どう語っても「あのとき」には肉薄できないのだな、という思い。

フロリダに帰る ・・・ 前半は頭の温かいナベちゃんの屋台バーとミミズ売りの話。後半は上記の戦闘で生き延びたボウヤァ兵士との再会(日本の野戦病院で)の話。最後に奥さんが現れて、彼女の現実主義がナベちゃんとボウヤァ兵士への漠然とした空想を粉砕する。

岸辺の祭り ・・・ 1965年か66年の旧正月サイゴンにいる久勢はアメリカ軍に頼んで、前線基地に向かう。傍らにいるのは、17才の少年・田中。何か熱に浮かされて、日本を飛びで、上海・香港・サイゴンにとたどり着く。自転車のパンク修理で口ぶちをかせぐ。いずれビルマに行き、インド、イラン、トルコへ行きたいという。旧正月は暗黙の休戦。基地のシーグラム少佐は楽器を買って、村々にいき、ジャズを演奏することにする。無言の村人に迎えられたり、獅子舞のさなかにいったり。3日目が終わる前に、シーグラム少佐は戦闘準備を開始する。そして夜は更ける。思想も哲学も東南アジアの濁った水と灼熱と人口にかき消され、単に動詞を書くしかない、ということか。アメリカ兵の倦怠とベトナムの村人の沈黙。

飽満の種子 ・・・ コクトーとグレアム・グリーンの阿片体験を書いた後に、「私」の阿片入手とその体験を語る。サイゴンにいて、1967年だろうなあ、華僑と知り合い、その係累をたどって、阿片を嗜む。「飽満の種子」はグリーンの作った言葉とのこと。

貝塚をつくる ・・・ サイゴンで美食と釣りを生きがいにする華僑と出会う。誘われるまま、サイゴン近辺の無人島で釣り三昧の生活。ときに夜釣りの向こう岸で戦闘を聞き、脱走兵がかくまわれる無人島を訪れる。著者のエッセイに書かれてはいない話と思う。

玉、砕ける ・・・ 突然、帰国を決意する。南回りの便で香港に寄る。そこには必ず会う老人がいて、一緒に飯を食い、酒を飲む。そしてマッサージ屋に行き、全身をくまなく磨かれる。垢のかたまり(鶉の卵ほど)をもらう。老人とは、一つの椅子を示されて、どちらか選べ、間違ったときには殺すという問いにどう答えるかという難問をずっと考えてもらっている。そのときに老舎の話(政治の質問のときに、料理の話を3時間したという)をしてくれた。香港を出るとき、老舎が不審死を遂げたニュース(文化大革命の時期)を聞く。

怪物と爪楊枝 ・・・ サイゴンフーシェとかベリアとか呼ばれたバウ将軍のスケッチ。モデルはグエン・ゴク・ロアンで、例のサイゴン路上でヴェトコンスパイを射殺した本人で、写真が世界中にばら撒かれた。戦闘で重傷を負ったのち、彼は日本の新聞記者に爪楊枝の製造具を取り寄せることを頼む。

洗面器の唄 ・・・ 金子光晴「洗面器の歌」を経由して、サイゴンの場末の町を描く。一人の若い娼婦との一夜。

戦場の博物誌 ・・・ 戦場にいる動物を思い出す。ハゲワシ、ラクダ、イナゴ、コウロギ、ヤモリなどなど。戦場はビアフラ、イスラエル、オオサカ(そう1940年代半ばにこの街は最前線だった)、サイゴンアウシュビッツなど。

 1967年以降の小説が収録されている。この短編集を読むのは初めてだったが、いままでに彼のドキュメンタリーやノンフィクションやエッセイをずいぶん読んできた。そのため、ここに書かれた内容のほとんどは既読。そうなると、どこに小説とドキュメンタリーの差があるのか、ということが気になった。小説では時間と場所があいまいにされる。主人公の感情や意見は圧倒的な「小説内の現実」を前にして、ほとんど書かれない。倦怠、茫然自失、退屈、沈黙、焦燥、あえぎ、などなど。これらはむしろドキュメンタリーやノンフィクションやエッセイのほうで詳しい。むしろドキュメンタリーやノンフィクションやエッセイのほうが、著者のひりひり、ピリピリした感情や焦燥があらわに出てくる。なのでそちらのほうの印象が圧倒的。作者には同じ経験でも小説にふさわしいものとエッセイにふさわしいものと区別があるというのだが、自分にはその違いはよくわからなかった。「ベトナム戦記」「過去と未来の国々」「紙の中の戦争」「白いページ」「フィッシュ・オン」などのほうが読み出があると思う。

 岡村昭彦「南ヴェトナム戦争従軍記」(岩波新書)で書き忘れたけど、対アメリカの戦争の前、1950年代にヴェトナムは独立戦争を戦っている。こちらは雰囲気はグレアム・グリーン「おとなしいアメリカ人」(早川書房)で感じることができる。