odd_hatchの読書ノート

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平岡正明「日本人は中国で何をしたか」(潮文庫)

 だいたい3つの区分で旧日本軍の行った残虐行為を紹介し、その背景を分析する。その際に、国民党軍や八路軍の戦略、政略も検討対象にする。そのことは、残虐行為の背景を理解する助けになる。

いつものように著者の主張をまとめよう。
・1931年の柳条湖事件から、旧日本軍は満州経営に集中していた。そこから変化が起こるのは1937年の盧溝橋事件。北京郊外の二つの軍隊の衝突から宣戦布告のない戦争状態が開始された。そして、旧日本軍は大兵力を北支から南下させた。これは大規模な電撃戦(のちにナチスが模倣)。ちなみに当時の日本軍は世界有数の強力な軍隊であったという。新兵器の開発(飛行機、戦艦、魚雷など)に優れ、新戦術(上記電撃戦爆撃機による遠距離地域の空爆、飛行機編隊による艦船の襲撃、制空権概念の立案など)を立案し実行したのだった。あいにくこれらの成果をのちに活用できず、これらの思想と戦略はアメリカがさらに進化することになった。
・重要な背景として、この時期に中国共産党は長征を終えて、延安に根拠地を移していたことがある。そして毛沢東の立案と朱徳の指示によるゲリラ戦を開始した(スノー「中国の赤い星」ちくま学術文庫、スメドレー「偉大なる道」岩波文庫毛沢東「遊撃戦論」中公文庫)。この時期から日本軍は、戦略戦術の異なるふたつの相手を対応しなければならなくなる。
・旧日本軍の内部の問題は、補給線の概念が非常に乏しく、軍備および糧秣その他の先頭に必要な資材を「現地調達」させていたこと。そこにおいて、略奪・強姦・虐殺などが当たり前になっていた。おぞましいのは、捕虜を使った刺殺訓練か。このようなことを下士官が率先して立案し、その場のノリみたいなもの(反対を言いにくくする空気もある)で実地していく。それが大規模に起きたのが南京事件
・古典的な戦闘というのは兵士集団がある場所にある日集まって、一斉に大規模戦闘をするもの。勝敗は指揮官によって決まる。そのような古典的な戦闘(会戦)の最後が南京城攻防戦になると著者はいう。それからのちは、前線も後衛もなく、兵士と市民(民衆)の差異がつかなくなり、勝敗の概念があいまいな総力戦になっていく。
・すなわち、都市を確保し、補給線の伸びきったところで、今度はゲリラの襲撃を受けるわけになる。旧日本軍のとった戦術は、確保した都市の周辺に無人地帯を作ること。そうすると、その地帯にいるものは敵兵と判断できるというわけ。そこで起きたのが、三光(奪いつくし、焼きつくし、殺しつくす)であった。それに上記のような日本兵の退廃が加わって、惨状が広がることになる。ベトナム戦争で米軍のとった戦略(絨毯爆撃、枯葉剤散布、ジャングルを焼き尽くす、村を無人にするなど)も同様の思想に基づく。
・同様の退廃は、官僚や科学者にもあり、ハルピン郊外や北京郊外にあった細菌戦研究の舞台ということになる。
・さらに、このような広い戦線を維持するために、国内の男子が総動員されるのであった。主には農家の働き手が召集される。その結果、国内産業の労働力が窮迫したために、中国や朝鮮の捕虜、民間人が国内に送られ強制労働を行わさせられた。この行為を著者は17-18世紀のアフリカ奴隷と対比させる。
・巻末には各種資料が掲載されている。いくつかは自分も読んだ。たしかに著者のいうように、この国の人々の証言や記録には被害者としてのものが多い。その代わりに、加害者であったことの証言や記録は少ない。
 なぜ軍隊は退廃するのか、なぜ組織内で歯止めをかけることができないのか、その種の疑問がのこる。それは旧日本軍に限る問題ではなく、この文書が雑誌に発表されたときに連合赤軍の集団リンチ殺人事件が発覚しているように、軍隊組織に似たような組織では常に起こることだ。宗教団体でも同様。そのときに、著者は八路軍三大紀律八項注意を対比する。旧日本軍の「現地調達」思想は三大規律八項注意の「民衆の物は針1本、糸1筋も盗るな」「借りたものは返せ」に負けているという。そしてこの規律やモラルが北海道山中に13年間隠れ住んだ中国人強制労働者のルール(盗むときは半分残す、全部盗むと怒って報復に来るから)から生まれているとする。なるほど他者の存在を意識し、自分の生死を秤にかけると共存(という生易しいものではないが)のルールが生まれるというわけか。ほぼ鎖国状態にし、外部の目を遮断し、内部批判を抑え込んだ1930年代のソ連や1950-60年代の中国、1970年代のカンボジアやチリで強制収容所と虐殺が起こったことを思うとき(1990年代のアフガニスタンやイランでもあったのではないかしら)、著者の指摘を否定するのは難しい。

 タイトルをほぼ同じにする類書多数。