odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

大江志乃夫「徴兵制」(岩波新書)

 書かれたのは1981年。レーガンアメリカ大統領になり、新たな冷戦の開始を意図した。共産圏の周辺国家に核兵器を配備しようとして、反核運動をおこす原因になった。日本には核兵器を配備することはできなかったが、大幅な防衛費の負担増加を求めた。そのためか、一部の評論家や政治家、産業界の要人などが徴兵制の復活を求めるコメントを発表した。1989年の共産圏の崩壊によって、その種の議論はしばらく消えている。「外敵」なるものが恣意的に選択されていることがよくわかる(以上2009年記述)。
 さて、著者の主張を敷衍していうのであれば、戦前の軍隊や徴兵制というのは
1.政治においては、社会の不公正を助長する。金持ち、官僚、高等教育を受けたもの、特殊な技術(医師、研究者など、かなり恣意的な選択になりそうだ)を持つものなどが免れ、貧乏な人などマイノリティや権利を侵害されているものが兵隊になってしまう。
 また軍隊の給料は低かった。もともと貧困である家庭から兵士がでると、さらに収入の減少が生じる。昭和のはじめのころで、平均月給30-60円のところ、兵士の給与は6-10円。もともと貧困な家では息子が兵士になることで労働力と収入を失い、さらに困窮するのだった。
2.経済でいうと、軍隊も兵隊も生産性を下方に下げる。軍隊は金食い虫で利益を生まないし、兵隊は公務員であって税金で食っている。兵隊の作業は生産を行わないにも関わらず、長期間拘束される。1980年当時では、高等教育を受けたものに対して、軍隊は生産的な仕事を供給することができない。もしも、兵士(多くは10代後半から20代前半)が適切な職業教育を受けたら社会の生産性は向上するだろうに。20世紀前半の日本の経済停滞は、軍に対する投資が大きすぎ、公共財や人材育成に対する投資が不足したことに一因がありそう。
3.軍隊を経験することによって、社会的な不適応者を生んでしまうこと。上官の命令に強制的に従うとか、暴力による規律の確保、責任を取ることがない命令と組織の体系、こんなことがあいまって、内部と外部への暴力の温床になる。それを経験した人の倫理の欠如や偏狂な価値を持つことなどになる。
4.日本という場所は、侵略しにくい場所だし(元とアメリカがきたくらい)、高度な商品や知識を生産する場所なので破壊すると損失が多くなるところになった。むしろ友好的に付き合い、援助や技術支援を期待するほうがよい。1980年代はそういう評価が可能だが、2010年代はどうみるべきか?師団・旅団レベルの大規模軍隊ではそうだとしても、少人数テロに対してはどうか?
 軍隊や軍装に興味ある人は、戦闘の勝ち負けにはおおいにこだわる。太平洋戦争のこの場面はこうすれば勝てた、という本がよく出るが、まったく戦術(どころか戦闘技術)のことしか興味がない。戦略さらには国家の思想などに思いを巡らしていないようなのだ。(一方、国家の思想などを唱える人は戦闘のことを考えることは少ない)。
 もうひとつは戦闘のことをよく考える人は、負けたところから始まることをあまり考えていないような気がする。第二次大戦で、フランス・ユーゴその他の国でレジスタンス・パルチザン・ゲリラの活動が起こった(中国でもフィリピンでもその他日本の占領地でも)。これらの戦闘は本隊が負けたところ(さらには政権が倒れたところ)から始まる。国が占領されたときにどうするかということはこの国ではあまり考えられていないような気がする。それは「民間防衛」というところでも同じ。占領下において、非暴力・非戦闘でもって占領軍や組織に対峙する方法はもっと研究されてよいと思う。あるいは捕虜になっても、反抗や脱走を試みるような。自分がそれに参加できるか、という倫理の問題はわきに置いておく。
 あと、徴兵制(あるいは軍隊)の問題としては、軍隊の維持には金がかかるが軍隊そのものは金を生まない。なので、税金が投入される。そのような巨大公共事業を維持するのは相当に困難。アメリカですら、傭兵企業と業務委託契約を結ぶくらいなのに
 くわえて、除隊後の再就職で不利になるというのも。いったん就職した若者が徴兵されると、隣国ではいったん解雇される。それから数年の軍隊を経験して除隊したものは、再雇用されないなど就職に不利になったりしている。そりゃそうだ、雇用時の技術から数年取り残されたら、追いつくのが大変になるものな。年齢相応の給与を支払って企業内で再訓練するより、低賃金の若者を雇用するように企業の人事課は考えるだろう。徴兵されたものと徴兵されないものとで生涯賃金その他で多くな差が生まれてしまう。
 さらには、軍隊は高い能力をもつ人々を必要とする場所。現在の軍隊は戦闘員よりも後方支援の人員のほうが多く、その職にある人は知識も判断能力もリーダーシップもプロジェクトマネジメント能力もその他多くの知識と経験が必要。なので、社会の不適応者の再訓練機関の場にすると、互いに迷惑がかかる。

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2012/09/15 森本忠夫「マクロ経営学から見た太平洋戦争」(PHP新書)