odd_hatchの読書ノート

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森本忠夫「マクロ経営学から見た太平洋戦争」(PHP新書)

 「あの」戦争について書かれた本は多岐にのぼる。小学生のころに手にした太平洋戦記を皮切りに多くの本を読んできた。最近の問題意識は、「あの」戦争の個々の局面における決断や戦局推移にではなく、どうすれば「あの」戦争を回避することができたのか、どのような選択が開戦以前にできたのかということだ。
 戦争という国家政策を遂行するにあたっては、哲学(フィロソフィー)、政策(ポリシー)、戦略(ストラテジー)、戦術(タクティクス)が一貫していて、かつ効率的に運用されていることが必須となる。通常の戦史ものでは、タクティクスあるいはそれより下位レベルの問題が取り上げられる。あるいは哲学あるいはフィロソフィーでの批判が行われる本もある。
 この本では、タイトルのように「マクロ経済学*1(もとというよりも当時の経済情報、指標を使うにとどまり、経済理論的な検討は少ない)を使って、1930年以降敗戦までの軍の意思決定や行動計画をみていく。この視点はめったにないし、経済情報を見ることはめったにないので、貴重な情報になる。
 それによると、アメリカなど太平洋周辺諸国に宣戦布告したのちも、中国・満州戦線に対する費用は非常に大きく、戦線維持の足かせになった。南アジアの資源獲得を目的に開戦したにもかかわらず、油送船と輸送船の手配ができていなかった。そのために、日本国内に輸送することのできた資源はほとんどない。しかも、海上輸送を護衛する仕組みはほぼ作られず、戦争末期の会敵率や損耗率は軍艦に比べるとはるかに高かった。海軍と陸軍が共同で作戦をくむことはなく、それどころか新兵器開発にあたっては担当者以外には情報が秘匿された。戦前のGNPは1939年がピークになっていて、アメリカ開戦後は低下していった。中国戦線維持の費用により経済は破綻していた。民生用の資源を軍用に使用したために、国民の生活水準および消費率は極端に低下。軍用資源も陸海軍で奪い合ったために、それぞれの生産目標を達成することは一度もなかった。むしろ民生産業の稼働率が低下したために、さらに軍用品の生産は落ち込むことになった。それに対し、アメリカは開戦と同時にGNPは高成長を続けた(大恐慌による遊休設備と750万人の失業者がいたので、それを軍需生産に振り向けた)。しかも開戦時のアメリカのGNPは日本の12倍以上であった。そのことを、日本の政府・軍隊は研究していなかった。調査し提言するものがいても、無視された。
 このような組織的な腐敗事例が陸海そして政府に対していくつも例示される。準備不足、状況調査なし、組織的な稼動なしの戦争継続から生まれたのは、一般兵士の使い捨て(その最大事例が特攻と玉砕命令)と一般市民の窮乏化。これらの積み重ねにより、1945年には経済は崩壊、国家の統制も破綻寸前であった。
 突き放してみると、既存事業が20年代初頭からの不況でガタガタになったので(さらに震災と金解禁で追い打ちがかかる)、新たに経営陣に加わった軍人の提案で朝鮮半島満州地方の武力占領と植民地化という新規事業を行うことになった。高収益が期待されたのだが、リサーチ不足で期待したほどの収益が出ない。新規事業失敗の責任を取りたくないためか、よそのせいにして、さらにリソースを投入していったものの収益は出ない。競合他社から不正だと突っ込まれるわ、仕入を断れるわ、販路をなくすわ、と悪循環にはまる。そこでさらに規模を拡大して一気に赤字解消を目指したがそれも裏目に。かくしてデスマーチに突入・・・というストーリーで説明することも可能かな。30年代の満州某重大事件やリットン調査団の派遣あたりで事業撤退と事業責任者の更迭が行われていれば損害は少なくて済んだはずだったのでは20年代の古典派経済学に基づく経済政策に問題があったのでは(ちなみに関東大震災においては復興支援は非常に積極的に行われた)。いやそれよりも日露戦争後の政策からして誤っていたのでは、と妄想する。
 企業経営の視点からも、ロジスティックを軽視し、リソース配分が効率的ではなく、ビジョンもミッションも明確にしないで、社内抗争に明け暮れ自分の部署の利益最大化のみを目標にするなど、会社を危うくする状況が現出しているのがわかる。この種の研究はさらになされるべきであるだろう。

  

*1:このエントリーの原稿を書いたときはそう思い込んでました。ただしくは「経営学」。ごめんなさい