odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「探偵は眠らない」(新潮文庫)

 ホテル・ディックシリーズ第三弾。唯一の長編で最終作。

「刑事上がりのおれは、現在、浅草の高層ホテル『ハイライズ下町』の夜間警備責任者。アメリカ流に呼べば、ホテル探偵(ディック)ということになる。ある夕方、警備室に奇妙な電話がかかってきた。今夜、ホテルの泊り客を殺すから、それを止めてくれ、というのだ。どうやらいたずらではないらしい。これが事件のプロローグだった・・・。近代的高層ビルの30時間を描くサスペンス。文庫書下ろし。(裏表紙サマリ)」


 あれ(前作「毎日が13日の金曜日」)から4年、1992年のころ。携帯電話を持つ人を目にするようになり(当時はレンタルのみで、1台が500gくらいの巨大なもので、もちろんアナログ波で、液晶画面は2行程度で・・・)、不況の感じがすこしはするのかな、というころ。ハイライズ下町のスタッフは変化がないので、利益をあげていたのだろうなあ。
 主要な話は上記のように、殺人予告があってホテルの警備スタッフがホテルの中を警備する話。電話は数回かかり、警備主任と犯人を推測する(途中で被害者は「ネズミ」というヒントがあたえられる)が、甲斐なく駐車場で二人の死体が発見される。そこに、やくざ(龍勢会と梅若組)の抗争とおもわしい死体が駐車場でみつかったり、バーで物騒な詩のごときメモを書いている若者がいたり(のちに推理小説家の卵とわかる)、ロビーで一日中過ごす不審な中年男がいたり(のちに離婚してひとり暮らしに耐えかねてホテルにたむろしていることがわかる)など、いくつもの話が進んでいく。そういえば前作まではコール・ガールだったエリも30歳を超えて、今はホテルのスナックに転職しているなど、脇役レギュラーの細かい話も忘れない。相変わらずは、「一寸八分」の店主や「エンコの六」さんにバーのマスター・ポロさんなどの老人たちくらい。背景には近くの吉原がらみの話もでてくる(ベッド・ディテクティブにあった事件かとおもったが該当するものはなかった)。
 警察ではないので犯人を上げること、動機を解明することは目的ではないし、私立探偵ではないので依頼人の利益をまもることも必要ない。ホテルの顧客を安全にし、ホテルの評判を落とさないこと(これが最重要)が目的なので、最後の小太刀(ホテルの警備主任)の推理が正しいのかははっきりしない。センセーの作なので合理的な解決であっても真相は藪の中。そこらへんはミステリの約束事に必ずしも準拠していないので、正統派推理やハードボイルドを期待すると肩すかしを食う。
 この数回目の読み直しでは、一人暮らしに耐えかねる中年男の物語が心に沁みたな。どういう具合か気持ちのすれ違ってしまった息子の住むところにいき、とことん話し合い、できれば一緒に暮らす、断られたら同じ町で一人暮らしを選ぶというあたり。彼がいうには、

「周囲が変化していくのに、わたしは気づかないふりをしていた。こちらから動かなくてはいけないのに、動こうとしなかったんです」(P120)。

 逆に言うと、「おれ」は娘の婿と折り合いがよくなく(一方的に嫌っているだけ)、ホテルの一室を自宅代わりにしていて、むしろ元警官の「おれ」のほうが「動こうとし」ていないといえるかも。このころのセンセーの作には老年の孤独を主題にするものが出てきて(「死体置場の舞踏会」)、次第に切実に思えてくる。