odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「全戸冷暖房バス死体つき」(集英社文庫)

 東京中央線の立川と国分寺の間あたりに、多摩由良という町がある。そこは1970年代初頭から巨大な団地がつくられ、少し高級なものだから、雇いの警備員を配置している。それが滝沢一家。元刑事の父に、兄の警備員、主人公の紅子(コーコと愛称)。つるんでいるのは、高校の同級生で江戸文学専攻のお春こと春江、写真屋の息子の修平、紅子の後輩でミステリ翻訳家志望の民雄(タミイ)。団地に住む写真家の風間先生に作家の浜荻先生。毎晩、スナック「亜蘭房」か「破裸毒巣」に集まって、ミステリ談義。

冷蔵庫の死体 ・・・ 団地に住む広告モデルが一週間の旅行から帰ると、巨大な冷蔵庫に男の死体が入っていた。首を絞められ、上着と靴を残していない。モデルの姉は付き人、殺された男は元歌手で今は企業の社長になっている。なぜ死体が冷蔵庫に入ったのか。正体の知れないスマートな男、猿(ましら)がコーコと謎を解く。それもベッドの中で。

ポケットの死体 ・・・ スナックから帰るコーコのジーンズから死体写真が落ちてきた。いたずらかと思ったが、だれも知らない。奇妙なことにその二日後、死体写真の男が写真と同じ方法で殺されていた。その犯行時刻は、発見の8時間前と推定される。写真が撮られてから死体はまた死んだのだった。お猿さんが犯人に罠をしかける。

屑籠の死体 ・・・ 引っ越しで誰もいない部屋にきた業者が、大きな段ボール箱に投げ捨てられた女の全裸死体を発見する。被害者は劇団の役者。例によってスナックで気炎を上げているところに、被害者の役者を知っているという女性が話しかけた。それにこの役者には浜荻先生も手を出しているらしい。ちょっと複雑な人間関係が明らかになる。

エレベーターの死体 ・・・ 毎週金曜日の深夜に、エレベーターにわいせつな中傷文が書かれた。それが3度続く。ターゲットになったのは、仲睦まじい中年夫婦(最近、再婚したばかり)。四度目が起こるかもしれないと運んでいた夜、別のエレベーターでターゲットにされた夫婦の夫が刺殺された。生活ってやつは悲しいやな。

飾り窓の死体 ・・・ 団地の一階にある洋品店。そこのショーウィンドウにうずくまった若い男の死体。頬にはセーターの正札14500円也が張り付いている。「破裸毒巣」で推理談義をしていたら、若い男二人に因縁をつけられた。団地住民の覚醒剤蔓延を憂いた社会派探偵小説?大詰めは日活あたりの無国籍アクション映画。

電話ボックスの死体 ・・・ 死体から電話がかかってくる?コーコが「江藤」を名乗る男の電話を受けて、数日後、江藤が電話ボックスの中で死んでいた。被害者は団地に住む社会学助教授が犯人だと告げ、復讐してくれとコーコに依頼していた。しかも、その晩には女から電話がかかり、もう一度江藤の声が聞こえた。犯人の仕掛けが複雑で、コーコたちには矛盾してばかりに見える。

樹の上の死体 ・・・ コーコが殺されて樹につるされた。死んでいるのはたしかにあたしだが、みているあたしはいったいどこにいった、という「そこつ長屋」はコーコも口にしなかったけど、書いてしまった。さて、この死体はコーコによく似ているが、別人。どうやら浜荻先生の知り合いらしいが、ぼさぼさ髪の若者に拉致されて行方不明。どうする、コーコ。


 団地という建物ができたのは1960年代初めあたりかな。農村の過剰人口を都市の工業が必要としたので、大量の人が移動したが、都市には住居を提供する用意ができていなかった。そこで、大慌てで集合団地を作ったのだった。モデルはアメリカの都市住居だったのか。この国に移植されると、ちゃちなものになる。それでも人々が熱中したのは、古いアパートや下宿の環境がひどかったことと、外と内を分けるドアがあったことあたり。人の目やおせっかいを遮断する閉鎖空間が持てたから(まあ、自家用車の購入もそういう視線のさえぎりという効果もあったという)。一方で、隣人との関係が希薄になるとか、夫婦共働きで子供と老人が放置されるという問題もあった。ここらの意識の変化をヴィヴィッドに表現しているのが、日活ロマンポルノの「未亡人下宿」と「団地妻」シリーズである(なんちゃって)。
 ここに目をつけたのが都筑センセー。人はたくさん住んでいるのに、目撃者がいないとか、隣人との人間関係が希薄・無関心とか、思いがけない秘密をドアの内側に隠しているとか、そんなモダンな動機や状況を書くのにふさわしい、と思ったのかな。ともあれ、書かれた風俗とか人々の関係は1970年代の証言になっていて、さて、この時代の後に生まれた人にはどれだけのリアリティをもつかしら。そのうち、この連作短編も注釈と写真なしでは理解できない民俗資料になるのだろう。
 探偵役はもっぱら猿(ましら)紘一という高等遊民が務める。桔梗真治とか壇(吹雪)俊介とかアンドリュー星野などの活劇ヒーローの系譜。フリーライターと称するが、盗賊であるかもしれず、政府のスパイであるかもしれない、得体のしれない魅力ある探偵。でも、彼が狭い団地住まいというのはリアリティに欠けると見たのか、この連作短編で姿を消す。
 あと、この時期のコーコ(大学生)は性にお盛んであって(死語)、さかんにましらさんの部屋に入り浸る。しばらくコーコシリーズは書かれず、復帰したときには学生を卒業して花嫁修業中になっていた。その空白期間に泡姫シルビアになっていたのではないか、と推測する人もいて、それはそれで面白い。

<参考:コーコシリーズ>
2012/10/12 都筑道夫「全戸冷暖房バス死体つき」(集英社文庫)
2012/10/11 都筑道夫「世紀末鬼談」(光文社文庫)
2012/10/10 都筑道夫「髑髏島殺人事件」(集英社文庫)
2012/10/09 都筑道夫「まだ死んでいる」(光文社文庫)
2012/10/08 都筑道夫「前後不覚殺人事件」(集英社文庫)
2012/10/07 都筑道夫「南部殺し唄」(光文社文庫)