odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「新顎十郎捕物帳」(講談社文庫) 1980年代に遺族の了解を取って書いた顎十郎のパスティーシュ。作家はシリーズキャラを書くのを楽しんでいる。

 1980年代になって都筑センセーが遺族の了解を取って書いた顎十郎の捕物帳。連載時に自分がまるで注目しなかったのは、久生十蘭の「顎十郎捕物帳」を読むことができなかったから。現代教養文庫久生十蘭集には収録されていないし、三一書房の全集は高くて買えなかった。創元推理文庫の日本探偵小説全集でようやく手にはいるようになったのは1986年。しかし、当時は都筑センセーに興味を持たなかったからなあ。
(読みました。
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児雷也昇天 ・・・ 小さな芝居小屋で「児雷也」を上演していたら、児雷也が大蛇の精と剣戟と妖術で戦うシーンののち、大蛇の精の役者は小刀で刺されて死亡。児雷也役は天井に上ったまま行方不明という事件が起きた。衆人監視の下で以下に犯行が行われたか。役者たちにはパトロンをめぐる確執があり、事件前には騒動も起こしているらしい。役者たちの中には手妻や軽業に得意なものもいる。ここら辺の人間関係が事件の謎を解く鍵になる。

浅草寺消滅 ・・・ 水戸からでてきた田舎者が大川で半土佐衛門でみつかる。息を吹き返すと、浅草寺が一夜にして消えたととんでもないことを言い出し、ふと見る間に再び失踪した。どうやら誘拐されたらしい。おりしも伏鐘の重三郎という大盗賊(久生版でとんでもない事件を起こしている)が江戸に戻り、大きな仕事をたくらんでいるらしい。最初の謎の大掛かりなこと、いくたりもの人物が事件に重なっていくこと(田舎者を助けた絵師は、とある商家の旦那に大きなぎやまん絵を書けと頼まれ、その絵は伏鐘の重三郎を捕らえるための仕掛けで・・・)がテンポよくかる合理的に書かれていて、いやはや傑作だ。まあ、これだけの大きな話をまとめるとなると、多少ははしょりもでてくるようだが。作中、顎十郎は、八辻ヶ原で砂絵を書いている浪人風の男を見かける。いったい誰だったのだろう(笑)。

えげれす伊呂波 ・・・ 顎十郎、こんどはイギリス領事館に出張だ。副領事が持っている高価なポケットウォッチが盗まれた。書記と打ち合わせている数分の間の出来事。たまたま部屋をのぞく庭に旗本がいて、彼が疑われたが、裸になっても何も出てこず、ハラキリをするといきがっている。さてどのように。攘夷の風が吹き荒れている時代だということがわかった上で、必ずしも真犯人を上げるのが政治上の得策ではないという判断を顎十郎はする。副領事も書記も通訳も旗本も傷つかないスマートな解決。それに加えて最後の一行にあわられる驚愕(ディクスン・カー「パリから来た紳士」に匹敵するぞ)。

からくり土佐衛門 ・・・ 顎十郎の手先になっているひょろ松が南町奉行所で殺人犯としてひったてられた。ひょろ松の追いかけていた木賊の伝兵衛という盗賊と取っ組み合いをしたその夜に、伝兵衛と同じ顔の伊兵衛という商人が生き人形の見世物小屋で見つかったのだった。二つの事件(伊兵衛の死体がなぜ生き人形になったのか、ひょろ松の追いかけている伝兵衛はなにものか)が絡み合って、とある陰謀を暴いていく。

きつね姫 ・・・ 顎十郎、得体の知れない武士の招待で、とある武家屋敷に赴く。その姫がきつねつきになり、難題ばかりいうというので顎十郎の知恵を借りたいというのだ。きつね姫は「横になったた」を解ければ、姫の体から抜けるという。その謎は早速解けたが、いったいなぜ顎十郎を呼び出したのか。途中からお家騒動に発展するというのは、伝奇小説に近いのかな。

幽霊旗本 ・・・ ばくちに負けた大工の棟梁が美しい娘を借金のかたで奪われた。顎十郎は取り戻しを依頼されて、ばくちの賭場である旗本屋敷に乗り込む。深夜、庭の植木室からうめき声が聞こえた。そこには、失神した娘と殺された旗本がいた。犯人であるとの疑いを晴らすために、顎十郎は推理を働かせる。密室に近い状態であるのだが、それを「心理の足跡@坂口安吾」で解く手際よさ。

闇かぐら ・・・ またしても得体の知れない武士に今度は南町奉行所切れ者・藤波友衛といっしょにさらわれる。今度の謎は、でてきたもの=葵の御紋の文箱、お殿様の筆、握り飯、国芳描く節句上り、消えたもの=文箱、お部屋様の狆、端渓の硯、手代の印籠。クイーン的な謎の贈り物というわけだ。クイーンの場合は、時として神を連想させるような判じ物になるが、ここではまったく形而下のとある意思と事件に収斂する。関連性のみえない事物から、隠された連関を見出せるというのは推理と観察の力。


 前半3編がすばらしく、後半はちょっと落ちるかな、という印象なのだが、その水準は高い。上ではおもにストーリーを紹介するようにしたが、重要なのはひょろ松、花世、藤波友衛などのシリーズキャラクターに加え大名屋敷の中間、火消し連中など周辺の人物描写が面白いこと。彼らの言動だけに注目していても面白い。あわせて、江戸末期のころの風俗描写。1960年代くらいに書かれた現代ものだと、風俗が古びてしまって、それが読む側の苦労になることもある。けれど、ここまで昔のことになると、文章も風俗も古びない。むしろ現代にない分、懐かしい。というわけで、いつ・どこで読もうと楽しめるというわけだ。