左文字小弥太は武士の世を捨てたはずだが、人はそう見てはくれない。前巻で小弥太に因縁をつけた武士三人(彼らも家禄を継げない鬱屈したひとたち)に付け回されときに事件を持ち込むし、この半年で数人が殺されている町の治安を守る岡っ引きは彼ら三人を始終見張っているし、最近増えた夜鷹の巣窟を探そうとしている。用心棒とはいえ喧嘩の仲裁ばかりはないし、事件には人の情が怨念のごとく渦巻いて、自分の判断と行動が正しいかはわからず、それでも長屋の女を守るためには危機に向かわなければならない。ニヒルをいきがるのは存分簡単なことで、生きることのほうが難しい。
深川めし ・・・ 鍵屋の隠居が辻斬りに殺された。紙入れ(財布と思いなせえ)がとられて、張り型を手にしていた。この好色な老人は小弥太のいる隠れ売女のいる長屋のひとりをなじみにしていた。そのままでは長屋の連中に迷惑がかかる、というわけで小弥太は捜査にかかる。張り型を老人が手にしているというのが、ダイイングメッセージ。意外な犯人。おっと深川めしというのはあさりを醤油で煮しめたものを飯にかけて食う深川名物。
あばれ熨斗 ・・・ 例の武士の一人が借金のかたかなにかで芝居絵を埋め込んだ財布をみせびらかした。小弥太のもとにはあのときに福助のおばけが出るという女が幽霊を退治してくれと依頼してくる。その女の父は幇間で、例の財布の元の持ち主だった。小弥太のやったのは憑き物落としだな。
やらずの雨 ・・・ お新が連れてきたのはお藤という年増。客をつけてやったら、背中の刺青に客は震えだした。威勢のいい啖呵を切るのを小弥太は抑えてことを大事にするのを防いだ。聞くとお藤はこの長屋を仕切り、深川の親分に差し出そうという。小弥太はべれぼうを抜いて、用心棒の務めを果たす。翌日、お藤は長屋を出て行ったのだが・・・
猫じゃらし ・・・ そろそろ最終回にむけての準備が開始され、解決されない事件が立て続けにおこる。すなわち、武士三人組に長屋の用心棒をしていることを告白。それは三人組の一人が長屋の娘お品に惚れ、あとをつけているうちに客を取っているのを見つけたため。で、彼は売女の後ろの親分をたたっ切ろうと意気込んで小弥太を呼び出したのだった。そこで小弥太のいうことが厳しい。お品とその家族をまとめて面倒見るくらいの意気がないなら、黙ってみていろ(セイフティネットのない江戸の話だかんね)。岡っ引きの銀次はますます小弥太への疑念を膨らませている。長屋の連中は小弥太に頼りっきりで、ずいぶん危険な真似をしでかす。話は酔いどれた浪人が飲み屋で暴れた挙句、首つりをした。その理由は・・・というもの。
麦藁へび ・・・ 長屋のお光の亭主が賭場に入り浸っている。家に帰れと言ってやれと頼まれた小弥太、賭場に行く。そこには例の武士三人組の組長格もいて、的屋のいかさまを見破った因縁を返されそうになっている。小弥太はますます藤兵衛のシマを荒らすことになる。あぶない、あぶない。
笑い閻魔 ・・・ 「六間堀しぐれ」で殺した新助の兄が大阪から戻ってきた。「閻魔の小六」の異名を持つ出刃打ちの名人が新助殺しの下手人を探す。目星をつけたのは例の武士三人組。彼らに頼まれて小弥太は周囲を見張る。そして「やらずの雨」のお藤も小弥太への復讐に燃える。岡っ引きの銀次には長屋の秘密がばれてしまい、小弥太はますます窮地に陥っていく。
小弥太は死なず ・・・ というわけで藤兵衛はとうとう小弥太との全面対決にでる。武士三人組といっしょにいるお品を誘拐し、小弥太を誘い出しては新規の商売を持ちかける。それを断り、小弥太は長屋の連中の安全を確保したうえで、ひとり藤兵衛の家に殴り込みをかける。こちらは一人、むこうは子分数十人。小弥太の眦(まなじり)はきっ、と険しいが、おそらく生まれて三〇余年、これほど生の高揚を体験したときはなかったのではないか。あとは「男は負けるとわかっていても戦わなければならないときがある」の決戦をみまもるしかない。そして、秋が始まるころの大きな月の下、江戸川を流れる小舟の行方をずっと追おうではないか。
BGMはシューマンのピアノ協奏曲。「そんなバカな!小弥太が死んでたまるか…、小弥太は生きている。…きっと生きてるんだ。遠い空から、あたしたちの長屋を見守ってくれる。そしてまた、元気な姿で帰ってくる!」
どうも小説の「情」のところに感情移入できないので、どちらかというと経済や政治よりの目で見てしまった。長屋の自立した組合組織はこのあとも継続するのか、夫を亡くしたり島帰りなどで社会の除け者にされていた人は自立できるだろうか、このような自立組織は現代でも可能なのだろうか、など他のことに注意がいってしまった。ほかのセンセーの本だと、ストーリーの妙技を味わうので、これは非常にユニークなシリーズになっている。