odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「東京夢幻図絵」(中公文庫)

 昭和の頭から敗戦までの東京の風俗をベースにした探偵小説ないし怪奇小説ないしリドルストーリー。その時代に学生だった遊び人が誰かに問われて想い出話をするという趣向。岡本綺堂「半七捕物帳」の枠組みを借りてきたというわけですな。例外作は入っていて、「墓場の丁」はどこかの鉱山の話。背景が羽志主水「監獄部屋」に似ている。「道化の餌食」は発端こそ縁日だが、のちにとあるブルジョア家庭の悲劇に移行。江戸川乱歩の「三角館の恐怖」なんかに似ています。たぶん人物名は意識していると思う。

・墓場の丁1970.9 ・・・ 飯場の事務所があらされ、給金が盗まれると共に、女郎屋の娘が殺されていた。警察が捜査に乗り出すが、官憲嫌いの飯場の男たち。おりしも二つの組の喧嘩騒ぎにまでなってしまう。ときにプロレタリア文学の趣向も反映。
・浪花ぶし大和亭1973.1 ・・・ 明治30年1897年に起こした殺人事件の犯人が昭和4年に高座でざんげ談をしている。という話を聞いて、富さんは講談師の素性を調べた。そうすると講談師は偽者で、娘18歳がいて、ついに事件が起きる。
・白山下薄暮1972.8 ・・・ 小石川のこんにゃく閻魔の縁日。昭和4,5年のころか。紙のおばけや割り箸の馬なんぞをつかっておばけ(まあ、手を使わないで動かす手品とおもいなせえ)をみせる大道芸人。やもめの父に、17−8の娘。結末のあいまいな幽霊譚にしてリドルストーリー。
・墨東鬼譚1973.2 ・・・ 昭和7年玉の井バラバラ殺人事件の話。事件の概要と語り手の昔話が重なるようですれ違い、事件と語り手の情念が似ているみたいというか・・・。あたしは一時期、玉の井あたりの会社に勤めていたんで、土地勘は少しはあるんだが、さすがセンセーの筆はさえてるねえ。とはいえ、2005年当時の玉の井にはもはや「墨東綺譚」の雰囲気は微塵も残っちゃいなかった。あと昭和7年の封切り洋画の話が興味深い(今はパブリックドメインになっていて安いDVDで見ることが可能)。
・花電車まがいの女1973.4 ・・・ 昭和7年白木屋デパートの火災がズロース普及の理由だ、というがそれはうそ。関東大震災からズロースはもうあったよ、ただし洋装に限る。和服でも履くようになったのはたしかに火事が理由だ。というのを枕に、ズロース普及によって商売がしにくくなった、という女の話。読み返してなるほど枕がしっかりとオチに利いているねえと気づく。
・矢来下夜景1972.9 ・・・ 夜店で古本を売っている男。同じ的屋に預け物をされる。家に届けると女に誘惑されて、それがとんでもないテクニシャンでもうめろめろ。怪談と猥談の融合した不思議な昭和初期のおとぎ話。
・鬼を泣かした女1973.6 ・・・ 日支事変のころ、隣のおめかけさんに誘惑され中学生。旦那に見つかって大目玉。旦那は自分を泥棒といい、妾はただの小商い人という。さて、どっちが正解なの。昭和一桁世代はこうやって筆降ろしをしたのかねえ。
・黒豹脱走曲1973.8 ・・・ 昭和11年、激動の年の7月25日に、上野動物園から黒豹が脱走する事件があった。沸き立つ野次馬が自前で捜索を始めたら、ある寺の墓地で死んだ男が見つかった。近くに男の妾がいて身元は割れたが、妾と関係していた「私」にはその話が信用ならない。
・ガラスの知恵の輪1970.11 ・・・ 縁日の屋台で、突然浴衣を脱ぎだした女優がいた。あわてて的屋たちが止めようとすると、胸に小太刀が刺されて死亡した。女の右胸には蝶のような火傷のあとがある。昔の縁日、大道芸人の描写。
・九段の母1972.7 ・・・ 招魂社の見世物小屋。軽業の演目で舞台に出した樽のなかから三味線の弦で絞め殺されたお琴の死体がでてくる。大道芸人、的屋たちの人情譚も加わった不可能犯罪事件。
・道化の餌食 ・・・ 見世物小屋で生首が発見される。見つけた素人探偵たちがパトロンの家にいくと、そこにも死体と生首が。それからは軍需産業の大手・塩野家の兄弟三人におきた連続猟奇殺人事件。生首が送られたり、首実検に出かけたりと、けれんの効いた探偵小説。
・東京五月大空襲1973.10 ・・・ 召集されなかった噺家の卵は、空襲の最中に出征兵士の妻を手篭めにする。そして5月25日の大空襲。情事が果て、空襲の火災を逃げ惑ううちにおきた不思議な出来事。

 主に、新宿、本郷、浅草、向島など、センセーお得意の場所が舞台になって、おもに縁日の屋台や的屋、口上持ちの技術が描かれる。このあたりへの偏愛は、「なめくじ長屋」に結実した。あわせて、赤線青線のこと、そして男女の縁とsexの描写。ここらの機敏は、雪崩連太郎がよいし、「ベッド・ディテクティブ」シリーズや悪女ものなんかにまとまっている。ほとんどが老人の語る昔話。落語でも講談でもない、しかしよく聞くことのできる語りくち。あとがきにあるようにこの文体で小説を書くことはその後なかったと思う。いくつかの短編に出てくる老人の独り言がこれに近い。
 まあ、論理と趣向に徹するという「ミステリの鬼」に連なるものとは別の、センセーのこまやかさを堪能する短編集。「最高」の評価は出せないにしても(自分は前者のほうが好きだから)、いい本であることは確か。あとがきで、「わずか五、六十年前に出た文芸作品に、注釈が必要だなどという「国」が、ほかにあるだろうか」と作者は憤っているのだが、この本自体がもうすぐ注釈抜きでは読むことの難しい内容になってしまいそうだ。