odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

トーマス・マン「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(岩波文庫)

 ふたつの講演が収録されている。最初の「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」は1933年2月10日ミュンヘン大学でのもの。ヒトラーの首相任命の10日後。反響はすさまじく、のちにマンがドイツにかえれなくなる原因となった。のちにドイツの音楽家からこの講演に反対する決議文も公開された(ハンス・クナッパーツブッシュが参加しているが、このワーグナー指揮者は名前を使われただけらしいという情報もある)。あと、同時期にバイロイト音楽祭でヴィニフレッド、フルトヴェングラートスカニーニの三すくみの確執があったことにも注意。ナチスバイロイトを聖地化していた時代であった。

リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大 ・・・ ワーグナー没後50年を記念しての講演。ワーグナーの主要楽劇を見聞きしていることが前提の聴衆向けであるので、注釈は必要最低限しかない。この感想でもそのつもりで書く。さて、マンのワーグナー理解は今日から見て驚くほど常識的。すなわち、ワーグナーの偉大さとは、(1)心理描写の卓越さ、とりわけ両義的な人物であるクンドリーやクリングゾルの描写に典型的、(2)神話を今日的に再話してアクチュアリティをもたせた、「指輪」の資本主義的な闘争とか、(3)テキストだけでは詩人でも文学家でもなく、音楽と結合することによって芸術となったのである、(4)偉大なディレッタントで、当時流行したショーペンハウエルの思想を焼き直しているところにみられる、(5)それはとりもなおさず小市民的であることを意味する、(6)自由であること、束縛から解放されることを目的にしているので、小市民的であることはコスモポリタニズムに向かう、(7)1848年の革命に参加したときから小市民性とコスモポリタニズムをもっている、(8)もちろん素材の選び方からドイツ的であることは明らかであるが、それは国家主義者であることを意味しない。なので、彼は「社会主義者であり、文化のユートピア主義者(P133)」であった。ということになる。
 いささかマンの強引な読みもあるのだと思うのだが(ワーグナー反ユダヤ主義の考えをもっていたことはここでは触れていない)、むしろワーグナーの名を借りて、自分の思想を発表していると考えたほうがよいだろう。武田泰淳司馬遷」やデカルト「哲学原理」と同じ方法。なにしろ、ナチスの暴力は彼の身辺を脅かしていたし、ドイツ国内で迫害される人がでているのだから。そこで、ナチスによるワーグナー理解、たぶん「ドイツ精神」の具現者、ナチス全体主義思想の先駆者、ナチスのつくる神話の根源、こういうところの批判になっている。それをワーグナーに仮託して語っているわけ。(マーティン・ジェイ「アドルノ」アドルノからみたワーグナーが書かれているので、比較してみてもよい)
 フルトヴェングラーの本にも、ここにでも「ドイツ精神」というのが出てくるが、どうにも理解できなかった。ああ、そうかと思ったのは、この国の言葉に当てはめると「ヤマトダマシイ」になるのだと気づいたところ。なるほど、定義するのはできないけれど、その国に暮らしているとなんとなくわかってしまう便利であいまいな概念で、たぶん国家とか共同体が正統であることを納得させるための神話とか物語の言葉なのだろう。もともとは民族とか国家よりも古いなにごとかをさしているけど、それが民族国家の基礎になっていると意味をずらされている言葉。そういう風に考えると、ようやく腑に落ちてきた。以上、自分の妄想の書付。(次の講演で、ドイツ精神は「神話的根源詩精神」、「社会や政治には本質的に無関心」と述べている。ヘルムート・プレスナー「ドイツロマン主義とナチズム」講談社学術文庫だと、ドイツ人は詩人と思想家の民族、ということだ。ゲーテベートーヴェンがドイツ精神の理想を体現、みたいなのかな。)
 そうしてみると、のちにマンとフルトヴェングラーが仲たがいした理由もおぼろげにわかる。ふたりとも「ドイツ精神」や「芸術」の力を信じているけど、マンはそれを市民階級の自由にみているし、フルトヴェングラーは精神的な貴族=ディレッタントのものとみているから。全体主義国家のナチスが「ドイツ精神」を勝手に意味を変えた(ように見える)ときに、マンは鋭く対立するし、フルトヴェングラーは融和ないし利用の可能性を探るだろうから。

リヒャルト・ワーグナーと「ニーベルンゲンの指輪」 ・・・ こちらは1937年チューリッヒでの講演。すでにドイツに帰れないことが明らかで、マンは反ナチスであることを鮮明にしている。なので、現在のドイツ国家はドイツ精神を僭称しているのだ、と言い切れる。ワーグナーに関することは前の講演の繰り返し。目についたのは、1848年の革命に参加したとき、ワーグナーは政治的要求の実現には興味を持っていなかったという指摘。なるほど、「共和主義の運動は王権にたいしていかなる関係にたつか1848」では政治に関しては素人同然の意見であったからな。では、ワーグナーはどのような革命を求めていたかというと、存在の意味を解明する根源的かつ全体的な運動を行うこと。すなわち存在の革命。どのように実現するかというと、優れた芸術に触れる(というより全身で体感する)ことにより、存在の炎をまじかで見て目を焼かれることである、とでもいうのかな(笠井潔「熾天使の夏」を参考に)。それを彼は音楽を使って存在革命を起こそうとした(バイロイトという特殊な劇場を要求したのもそのような革命の拠点という意味をもつ)。なるほど、彼の音楽に全身で体感することにより、それまでの自分とは異なる自分を発見したものは多々いるが、いずれもワーグナーに自己を預け、賛美するだけのワグネリアンしか生まなかったのは皮肉なものだ。もしかしたら、このようなワーグナーの存在革命=芸術革命で人生を転換するほどの炎に包まれて、そこから飛び出せたものはニーチェボードレールくらい。あとはフルトヴェングラーか。