odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ウィリアム・L・デアンドリア「ホッグ連続殺人」(ハヤカワ文庫)

 「雪に閉ざされたスパータの町は、殺人鬼HOGの凶行に震え上がった。彼は被害者を選ばない。手口も選ばない。どんな状況でも確実に獲物をとらえ、事故や自殺を偽装した上で声明文をよこす。署名はHOG−−この難事件に、天才犯罪研究家ベネデッティ教授が挑む! アメリカ探偵作家クラブ賞に輝く傑作本格推理
http://www.amazon.co.jp/dp/4150739617

 クリスティとクィーンの主題によるネロ・ウルフ風変奏曲。
 降雪で外部と閉ざされた町で「HOG」を名乗る殺人鬼の連続殺人事件がおきる。あまりにあざやかな手口で、偶然というには見事すぎる犯行で、およそその犯行方法も動機も予測がつかない。当然、警察も従来の捜査方法(被害者の関係者を洗い、容疑者を割り出す)が使えず、混乱するばかり。誰もが被害者になりうるという可能性から町はパニックになる。そこで事件の解決に名探偵ベネデッティ教授を招集する。彼は教え子の私立探偵と新聞記者と行動をともにしながら捜査を開始した。
 キャラクターの設定に凝っていて、個性的な人物がたくさんでてくる。犯罪学の天才で職業的な画家であり非常な吝嗇で女に目のない教授、アーチー・グッドウィンのような行動的でシニカルな私立探偵、プライドは高いがうぶな心理学者、怒りっぽい頑固で愛すべき刑事、犯罪すれすれのこともいとわない高慢で臆病なブローカー、そんな人たちがしっかりと描写されている。あわせて彼らの物語も同時に進行する。恋愛、三角関係、麻薬の被害、家族の破綻、闘病生活などなど。こういったことがパッチワークに描かれて、最後に一枚の構図に収まっていく。メインの仕掛けは上記のとおりクリスティとクィーンなのだが、さらに加えられた「物語」が読後感を充実したものにする。
 たぶん、1980年代以降の日本の「新本格派」がもっていないのが、こういうところ。人物と人生の深みと複数の物語がないのだ。新本格派のミステリの読了後に不満を持つのは、それが欠けているものだ。個人的には、半分あたりでネタがわれてしまったので(似たような趣向のストーリーをたくさん読んできたからね)、多くのミステリファン(鮎川哲也など)の高評価に共感できないので、すみません。
 おまけ。翻訳の「ホッグ」はこの国の語彙にないので、なんのこっちゃ、なんだけど、英語の「hog」には豚、去勢豚、利己的[どん欲,不潔,大食い]なやつ、人の迷惑を考えない人などの意味がある。ここから真犯人や殺人意図のイメージに一定の思い込みをもってしまう。だから最後の一行で明かされる意味に驚愕するわけで、これは翻訳では伝わらないだろうなあ(もしかしたら本文中になんらかの説明があったかもしれない。あったとしたらごめんなさい)。実際、このことに気づいたのは読了後、2年もたってからだし。