odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・スラデック「見えないグリーン」(ハヤカワ文庫)

 作者の名前は亡きサンリオ文庫の「言語遊戯短編集」で知っていた。「言語遊戯」? ジェームズ・ジョイスナボコフマラルメあたりを連想して敬して遠ざけていた。で、この本を古本屋の100円棚で発見。ありがたや。中身の言語遊戯というのは頭韻、押韻アナグラムに回文など。なるほど、モンティ・パイソンエリック・アイドルの好きなやつか。この国だと、井上ひさし田中啓文だな。というわけで急に親近感がわいた。主戦場はSFだが、1970年代に2冊のミステリをものして、評判になったという。「黒い霊気」に続く第2作がこれ。

 1930年代に「探偵小説愛好会」なるクラブがあって、クリスティ、セイヤーズ、クイーンなどを並べて、論評しあっていたのだった。時局を反映して愛好会には、警官、軍人もいる。それから約40年。主催の老人が死に、それぞれ老年に入ったのでもう一度会わないかと老婦人が提案した。すると、もっとも偏屈な軍人(人間嫌いで、奇妙な陰謀論の持ち主で、周囲の事変に暗号を読みとるという持ち主。トンデモな人はこの国だけではないことに安心)が人の出入りのできないトイレで心臓発作で死亡。老婦人は若い私立探偵(これが唯一のアメリカ人で、素っ頓狂な服装をするわ、もったいぶった話方をするわ、いちいちカンに触る発言をするわと、奇矯な人物。たぶんクイーンのパロディ)に捜査を依頼する。そうすると、愛好会の生き残り5人に奇妙なプレゼントが贈られ、それぞれ色を模していることがわかる。殺された(警察は自然死と判断)軍人が「俺はグリーンにねらわれている」と口癖にしていたことが思い出されて、次はおれの番かと愛好会の連中は戦々恐々。次に殺されたのは、元警官で、彼もまた世捨て人生活を送っていた。最後には、愛好会の連中がバックギャモンで遊んでいる時間帯に、老婦人が殺される。遊戯の会が終わった後、老婦人の自宅を訪れた探偵が彼女の死体を発見したのであった。
 この作者、複数の物語を同時に進行させることのできるかなりのてだれとみた。自分のような凡庸な読者がサマリーを書くと、「そして誰もいなくなった」「グリーン家殺人事件」のごとき、復讐だか遺産相続狙いの連続殺人事件になってしまう。ああ、この先を書くのは相当に危険。じつはそうではない別のプロットが進行しているのであり、その意図(というか殺人の動機)はさりげなく書かれていて(それは「イギリス病」といわれる1970年代の経済停滞を背景にしているので、それを知らないとわからない)、真相解明のあとに驚きをあげることになるだろう。この種の小細工とレッドへリングがあちこちにふりまかれ、本筋の「愛好会会員連続殺人事件」でもさまざまな過去の因縁があかされるとなると、読者はあまりに多くの情報に惑わされてしまうのだ。こういう書き方は、P・D・ジェイムズ「黒い塔」やウィリアム・L・デアンドリア「ホッグ連続殺人」にもあって、なるほどミステリの書き方はますまず難しくなっている。
 ときどき挿入される言語遊戯はこの国の言葉に翻訳しがたいので面白くはないが、「探偵小説愛好会」なる設定がおもしろかった。この国にも西村京太郎の「名探偵」シリーズや都筑道夫の「もどき」シリーズなどフィクションに入れ込み過ぎた連中をキャラクターにする小説があり、むしろこの国特有かと思っていたが、なるほどシャーロッキアンを輩出したのは彼の地が先でした。だから、上記の黄金時代の作者に加えチェスタトンの有名な格言(葉は森の中に隠せ、死体は死体の山の中に隠せ)が引用されるなど、読者がミステリ通であり、ある程度の教養をもっていることを前提にした、知的な遊びの小説なのであった。ノックス以来のミステリ通がミステリ通のために書いたミステリ通の出てくるミステリというわけだ。全力で支持する。

見えないグリーン (ハヤカワ・ミステリ文庫)

見えないグリーン (ハヤカワ・ミステリ文庫)