odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アラン・グリーン「くたばれ健康法!」(創元推理文庫) 原題は「What a Body!」。このダブルミーニングに注目。

「全米に五千万人の信者をもつ健康法の教祖様が、鍵のかかった部屋のなかで死んでいた。背中を撃たれ、それからパジャマを着せられたらしい。この風変わりな密室殺人をキリキリ舞いしながら捜査するのは、頭はあまりよくないが、正直者で強情な警部殿――!? アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞に輝く、型破りなユーモア本格ミステリの名作。」
くたばれ健康法! - アラン・グリーン/井上一夫 訳|東京創元社

 表紙イラストは登場人物を描いているので、どの絵がだれに当たるのかを探してみましょう。

 あらかじめガードナー「奇妙な論理」を読んでおくとよい。ブロードストンの健康法なるものが、実在のよくかむフレッチャー主義とか菜食主義とかその他の雑多な「健康法」の集大成であることがわかる。それから50年以上もたって、いまだにこの種の奇妙な健康法はきえていない。この作品にあるようにビジネスとして成功していることと、カルト宗教のように教祖が亡くなっても組織が存続するメカニズムがあることは、現実をしっかりと反映している。
 原題「What a Body!」は訳しにくいなあ。言わずもがなだけど、bodyが身体である(この作品には魅力的な身体の持ち主が二人は登場する)、と同時に、死体も意味することに注意すると、原題のダブルミーニングで笑うことができる。
 さて、マーリン・ブロードストンは新しい健康法の提唱者。全米に5千万人(なんて大げさな数字)の信者をもっている。莫大な金で島を買い取り、豪華なホテルをたてて、お披露目会。その当日朝に、サマリのような死体で見つかった。彼は未婚であったので、相続先は彼の姉妹夫婦とその子供たち。当然というか、巨大な存在と財産の影にいるものはそろいもそろって、オポチュニスト。親に隠れて恋愛騒ぎ。捜査に来た警官はさっそく若い娘に引かれてデートに誘うし、民主党共和党の代議士がホテルの中で角つき合わせ、互いに手紙盗難の犯人だと告発するし、とドタバタ騒ぎが続く。
 有名な評論家バウチャーによると、ユーモア小説であり、かつ本格探偵小説であるのは、カー「盲目の理髪師」とこの作品ということになる。それにしては無理のあるトリックだな。まあ、いいや。あとチェスタトンのブラウン神父譚に教祖の死を扱う短編があるので、あわせて読んでおこう(「アポロンの眼」@ブラウン神父の童心)。
 面白かったのは、警官を無能にしたことで、まあ田舎者であるということだ。そのため、最後の50ページは、死者の姉と結婚した男と、酒を飲みながら(バーボンでなくてスコッチだ)会議風に事件を解決する。当初探偵と目された人物が実はその任ではなく、容疑者と思われた人物が探偵役になるという趣向。これもユーモラス。この国の作でも、あの人のアレとか、この人のコイツとかにあるので(どちらも書かない。秘密の日記には書いておくことにしよう)、いずれ出会ってくださいな。
〈参考エントリー〉 無能な警官がデッドマンのようになりながら捜査するミステリ。
2019/11/05 山口雅也「生ける屍の死」(創元推理文庫)-1 1989年
2019/11/04 山口雅也「生ける屍の死」(創元推理文庫)-2 1989年