まず周辺状況から。1981年にE.ホックが「密室大集合」というアンソロジーを編むときに作家・評論家などに、密室の代表長編をあげるようにというアンケートを行った。第1位はカーの「三つの棺」、これは順当だな、第2位は驚くべきことにこの作。なにしろ1944年初出から長いこと印刷されていないのだ。続くのは「黄色い部屋の謎」「曲った蝶番」「ユダの窓」「ビッグ・ボウの殺人」「帽子から飛び出した死」「チャイナ橙の秘密」「孔雀の羽」「帝王死す」「暗い鏡の中に」「爬虫類館の殺人」「魔術師が多すぎる」「見えないグリーン」とのこと(当然ながらカーが多いな)。
もうひとつは、作者が素人マジシャンであること。クレイトン・ロースンに似たような経歴の持ち主。だからかどうかわからないけど、交霊術のインチキあばきには容赦がない。隣人と手を握るにあたり片手を自由にしたり、軽くて硬い自在棒を使って音をたてたり何かが触れたように思わせたり、専用の紙とインクを使って封をした手紙の中身を読んだりするトリックを暴いていく。そういう仕掛けは交霊術師向けの専用ショップで販売されているとのこと。この徹底振りには感嘆した。
さて、舞台は雪の降る山荘。倒産寸前の材木業者と製材工場主は、材木業者の妻の元夫を交霊術で呼び出そうとしていた。工場の危機を救うには新しい材木を買い付けなければならないが、手近にあるのは元夫の所有していた山林しかない。しかしその山林は死後20年は伐採してはならないと厳命していたのだ。それを覆すには、妻であり霊媒師であるアイリーンを使うしかない。というわけで、元夫の死亡日にあわせて山荘に来ているのだが、奇妙な客がたくさん。元夫の子供(すでに成人した娘)がいるのはよいとして、製材工場主の甥にガールフレンド、人類学者に、チェコスロヴァキアから逃れてきた長身のマジシャン。アイリーンの娘の連れてきた賭博師ローガン。それに山荘を管理しているネイティブ・アメリカン。ふう、ややこしい。そして降霊の最中に、元夫のデザナは現れ、アイリーンを悪しざまにののしり、6フィート以上の高さに舞い上がって消えてしまう。アイリーンに材木業者のフランクは部屋にこもるが、そのあとマジシャンの手によって、アイリーンの降霊術のインチキが暴露。そして、深夜アイリーンが斧で頭を割られているのが発見される。雪は降る、警察は来ない。被害のあった部屋から外にでる足跡はあるが、屋根の上で消え、その続きは30m以上先から始まっている。うーむ、吸血鬼でも現れて空を飛んだとしか思えない。
広義の密室であることに注意。なにしろ吹雪の山荘の周囲を調べたところ、逃げ出した足跡は見つからないのだ(調査したものが付けたのを除いて)。それに、物語終盤にはこの材木業者も、この寒冷の中、凍りついた湖の上で射殺されたのを発見した。もちろん、周囲に足跡はない。射殺の直前、ローガンたちはなにかの飛翔体がまじかを飛び去ってゆくのをみている。
密室、雪に閉ざされた山荘、途中で消えた足跡、高さ6フィート以上に舞い上がって消えた人物、ネイティブ・アメリカンの呪いと魔物。舞台装置としては申し分ない。そこに、材木業者と降霊術師の過去の出来事、謎の山荘管理人の謎が加わっていく。そうすると、一見明朗な人たちにも何事か隠しておきたい過去の秘密があり、どうやら現在の事件にかかわっているらしい。
申し分のない探偵小説。にもかかわらず、耳目を集めないのはなぜか。ここに不足しているのは名探偵。フェル博士やクイーンのような強烈な存在感を示す奇矯な人物がいれば、事件の謎は深まり、不可能犯罪はもっときらめいたであろうに。しかしそうできなかったのは、「さてみなさん」の謎解きがそのような場では行われなかったからだ。すなわち、探偵はある人物に向けて謎解きをするのだが、語りかける相手の立場は非常に微妙なところにある。探偵は犯人を挙げるという正義よりも、自分の利得を取った(恋愛の勝者になった)。そういう探偵は「名探偵」にはなれないわな。それに、もはや1944年という時代では20-30年代の大がかりで唖然とさせるような大トリックは使えない、そういう時代ではないのだ。
埋もれた作品であるのもかかわらず、この作品が作家・評論家で評価が高いのは、伏線の張り方とその回収が見事であるから。個々のトリック(上記で取り上げたさまざまな謎は合理的に解決される)は、小さく誰にでもできそうなもの。でも、それを複雑なプロットにまとめ、複数の人物の思惑が当初の狙いをずらして複雑にしていくさまがみごと。この職人芸に、同業者が喝采したわけだ。無名の工芸人の技を見て、若い職人が感嘆の声を上げるような。これは専門家や職業人のための教科書になる小説。なので素人や鑑賞家の評価とずれるのも仕方がない。