古い家、といっても18世紀の終わりから19世紀の初頭に建てられたものが歴史あるものになるからアメリカの歴史はまだまだ浅いものといえる。そういう一家としてワイルダー家がある。ここには嫌な言い伝えがあって、この一家のものは失踪するのだ、それも不可解な状況において。たとえば、地下室にこもった当主が消えるとか、友人を台所に残してワインを取りにいったまま消えるとか。20世紀の初頭には、草原から砂地にかけての見晴の良いところで、足跡だけを残して忽然と失踪した先代の当主がいて、去年には今代の当主が町のパレードの最中、階段一つしかない二階の部屋から失踪しているのである。そしてワイルダー一家は、美しい若い姉妹と叔母の二人だけが残っているのであった。
ニューヨークの新聞社に勤めるフレームは、古きよきアメリカなる記事を書くために、ワイルダーズ・レーンという村に来る。そこで、ワイルダー一家の生き残りの妹とすれ違うのだが、彼女もまた失踪してしまった。乗るといっていたバスに乗らなかったのだ。そして、彼女の撲殺死体がワイルダー家の墓から発見される。また、彼女らの別の叔母も殺されてしまうのであった。
冒頭の50ページに、過去の4件の失踪事件が語られ、その再現かのように若い娘の失踪が起きる。なるほど、人の消える家というのはたしかにカーの好きな幽霊屋敷である。とはいえ、これが書かれた1948年にはもはやカーですら現代ものでこの種の幽霊屋敷を書くことはない。それくらいに世界から闇や怪物が消えてしまったのだ。となると、ブリーンの意図はなんであったのか。それはカーの後継者になることでもない、不可能犯罪を合理的に説明することでもない。彼の意図は20世紀初頭の古い探偵小説のパスティーシュを書くこと。古きよき探偵小説を再話すること、これに他ならない。だから、全21章の冒頭には、ドイルのホームズ譚が引用されるのである。
さて、ワイルダー家の隣にはイケズのオールドミスが住んでいるが、夜な夜な二階ないし屋根裏部屋からは物音が聞こえてくる。オールドミスにはかつて若くして亡くなった妹がいた。親の知れない子供をはらんだのちに死んでいたのである。また、ワイルダー家の姉にはいいなずけがいるが、妹の失踪からどうも姉との関係がうまくいかなくなっている。というのも、ニューヨークのヤンキーであるフレームに姉が関心を持ち始めたらしいからだ。
フレームは警察署長の助けを借りて(なぜか村人はこのよそ者に親切)、事件を調べていく。そうすると、屋敷の中に秘密のトンネルをみつけるわ、古い家具に秘密の隠し場所と日記を見つけるわ、頭のあたたかい容疑者に拉致されそうになるわ、と古き良き時代のゴシックロマンスの冒険を繰り広げることになる。そして、登場人物にとっては意外だが、読者にはなんじゃこりゃと憤慨させるようなトリックを解明して、過去と現在の事件を解き明かす。そして、美しい姉コンスタンスと結婚の約束をするというのも、古き良き小説の王道をいく。という具合。真面目にミステリーを期待すると、肩すかしになるが、古い探偵小説をよく知っているとニヤニヤしながらページをめくるころができる。難しいことは言わずに、また論理や説明のあらを探すのもやめて、古き良き探偵小説の香りを楽しみましょう。まあ、こういうクラシックな探偵小説が払底していたとき、ある種の読者は歓迎したことだろう。ハヤカワポケットミステリーの番号が104という若い番号であるものもその証左。
- 作者: ハーバート・ブリーン,西田政治
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1953/11
- メディア: 単行本
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