odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

中山茂「科学技術の戦後史」(岩波新書)

 1995年初出のこのレポートは、廣重徹の史観をもとにして、戦後の科学技術政策を4つの時期に分ける。

1.占領政策の影響(1945-1952) ・・・ 占領政策の初期にはニューディーラーが教育・科学を担当する部署に多くいたので、アメリカ型の科学技術政策や組織を作ることを求められた。官庁の抵抗や戦前の科学界の大御所などの反対などで、必ずしも実現したわけではない。大きなトピックは日本学術会議の発足と、品質管理の手法が企業に浸透したこと。後者のQC活動は1950年代初めに始まり、1960年代以降に高品質な製品を作ることにつながる。民主科学者協会が設立され、大学の教室の民主化が行われることがあった。とはいえ科学の方法や組織には、エリート主義があり、発見や発明は民主主義と相容れない場合がある(強力なリーダシップ、上意下達のプロジェクト運営など)。
2.高度成長の軌跡(1956-1960年代) ・・・ この時代には、大学の研究は文部省、企業研究は通産省、国策巨大科学は科学技術庁が管轄するという縦割り行政が確立した。この時代のトピックは、企業の行った技術移転である。欧米の特許や機器を導入し、改良・改善を行うことで安上がりな研究費で高品質な製品を製造できるようになった。技術移転で基本アイデアや特許は欧米のものであったとしても、それを工場化・製品化するにはインフラや技術者の育成など多くの投資が必要である。この国では企業も官庁もそれらのインフラつくりに熱心であった。いくつかの通俗経済書にあるように、通産省の指導が成功したというわけではない。また通産省がビジョンをもっていたということもなく、情報を収集しながら次に何がブームや流行になるかを把握し柔軟に政策を変えていったのだ。
3.科学優先主義の曲がり角(1970年代) ・・・ この時代は科学技術(およびその政策)に2つのインパクトがあった。ひとつは公害。これにより公害の除去ないし発生源の根絶を企業活動や公共事業が負わなければならなくなった。この国では「環境法」などの法整備と公害を出さない技術が生み出され、アメリカでは「アセスメント」ができた。もうひとつはオイルショック。石油の価格が一気に高騰。また石油産出国の政情不安が高値を続けることになった。石油以外のエネルギー源の開発が行われた。原子力発電は多くの先進国の注目を浴びたが、オイルショックと公害により建設と維持コストが高騰。日米仏が推進したが、1977年スリーマイルアイランドの事故で日以外の国の開発はしばらく止まる。また、この国ではコンピュータ開発を国策として行われたのが、特記する事項。通産省の主導で複数メーカーの共同開発と競争が行われた。
4.日本型モデルの成立(1980年代) ・・・ 1980年代になってある分野では世界最先端の研究と技術をもっているということで、「科学技術立国(英訳するとテクノナショナリズム)」が通産省と科学技術省で唱導される。いっぽうアメリカとは技術摩擦が起きる。科学と技術のグローバリゼーション国際化。大学院大学の構想ができる。博士の育成に力を入れる。海外留学生の招致をはかるも、問題噴出。
5.結論 ・・・ 科学技術のあり方をモデル化すると、19世紀ドイツのアカデミズム科学技術、20世紀前半アメリカの軍主導のプロジェクト型科学技術があり、20世紀後半のユニークな日本型モデルがある。日本型モデルは、教育は大学、研究は企業、目的は営利、言語は日本語と英語のバイリンガル、留学生を重視しない、競争よりも協調型の研究組織など。これは世界標準にはならないが、これから経済発展をめざす国のモデルになりうる。


 さらに、この国は1853年のペリー来航から「追いつき追い越せ」「停滞は悪」などの進歩パラノイアにあった。1980年に世界の先端にたち、バブル以後の不況において、このスローガンは意味をもたなくなった。(その後、この国の人はアイデンティティ喪失になっているという佐和隆光/浅田彰「富める貧者の国」(ダイヤモンド社)の問題意識に通じるところがある)。
 廣重は1970年代初頭になくなったため、1980年代の「日本型モデル」を経験していない。科学と技術を扱うために、対象は大学と国立研究所だけにどまらず、企業の研究所、科学研究費を拠出するいくつかの官庁、場合によっては諸外国の動向まで膨らむ。ときとしては、大学の記述がなくなる章もあるなど(第2章)、通常の科学技術のイメージする範囲よりもはるかにひろい。新書で分量が限られているので、詳細は別書で補完する必要がある。
 それから15年たったが、日本型モデルはそのままであるとしても、経済の停滞・高齢化社会・国内格差の拡大などの状況において、科学技術をどのように進めるのか。企業も官僚も政治家もビジョンを持っていないように思える。

<追記 2014/6/14>
 2014年5月10日、中山茂死去。享年85歳。著書で勉強させていただきました。ありがとうございます。