odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

深見弾編「東欧SF傑作集 上」(創元推理文庫)

 東欧SF傑作集の上巻。この地方のSFの読書はレムを数冊くらい。頼りない読書からの印象ではあるが、東欧共産主義国家のSFにはどこか冷たい空気が流れている。それはあまり心地よくない温度であって、その物語世界にいることは気持ちのいいものではない。それがコメディ、スラプスティックの笑いを誘うようなものであっても、読後の印象に寒々としたところがある。それは、人間個人の存在のはかなさであったり、自分の住む世界の不条理であったり、自分の住む世界が誰かのコントロール下にあるのではないかという疑義であったり。まあそういうことだ。

ポーランド
ボルニ「招かれざる客」 ・・・ 1593年、20世紀のギリシャ戦線、いずこともしれぬ古で、マテオス・ロリスなる人物のしでかした不思議(奇蹟)の数々。同じ人間が時と場所を超えて現れた?

フルシチェフスキ「未来の都市」 ・・・ トリコス氏の不思議な物語。深夜、町に向かうためにトンネルに入ると、普段は数分で抜けるトンネルが1時間たっても抜けることができない。そのさきにある「これからできるであろう町」の人々が迎える。バラードみたいな不思議な感覚。

マリノフスキ「未来の光景」 ・・・ 地球は稠密で、もはや人が住む一戸建ては望めない。定年退職した夫婦はアパート求むの広告を出したら、若いあっせんやがやってきた。彼の紹介した家は居住者の意図を読んで、なんでも自動化してくれる。夫婦は気が気でない。まだ家庭のオートメ化の始まっていないころの話。「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号や21世紀のスマホを見たらびっくりするだろうな。

ゼガルスキ「作家の仕事場で」 ・・・ 自動小説作成機械があるというのはロアルド・ダール「偉大なる自動文章製造機(「あなたに似た人」所収)」と同じ。困ったのは創作物はすべてコンピュータに管理されていて過去の作品と照合され、オリジナルが30%はないとNGになること。今年、それをクリアしたのは全国で247件。頭にきたハリーは手書きで小説を書いた。でも・・・とても皮肉でしかも自己言及的なオチ。

チェホフスキ「<エレクトル>に関する本当の話」 ・・・ 機械とコンピュータに統治されている惑星に降りた地球人のいらだち。さかさまの「星からの帰還(スタニスワフ・レム)」。

フィヤウコフスキ「セレブロスコープ」 ・・・ 脳の思考状態を直接観測する機械セレブロスコープで学生の試験をすることになった。勉強嫌いの学生のとった対応策は・・・ F.ブラウンを思わせる皮肉なショート・ショート。

ヴィシニェフスキ=スネルグ「あちらの世界」 ・・・ サイボーグ009の加速装置が壊れて1秒が10時間にもなったような男。ビルの中の混乱を描写する。問題:同じような時間が停止する設定の作品を以下の作家が書いているので、タイトルをあげ、それぞれの描写意図の違いを説明せよ。イタロ・カルヴィーノ筒井康隆石森章太郎(マンガ)、デビルマンケロロ軍曹(アニメ)。

ハンガリー
カリンティ「時代の子」 ・・・ タイムマシンに乗って過去にいき歴史に介入しようとしたら・・・よくあるテーマだけど、舞台がブタペストとなるとそれだけでエキゾチック。

チェルナイ「石」 ・・・ 加速器で研究している物理学者が具合が悪くなって、泌尿器科の医師を訪れた。彼の人望から巨大な結石が見つかり、イギリスの学会で発表することにした。そしたら空港で拘束されて・・・

ヘルナーディ「ガリバー二世」 ・・・ 73歳の老教授が心臓発作を起こす。回復途中で、五次元人と会い話をする。五次元人は人間の情報を食べているのだ、そしてこの世界に来たのはスウィフトに続いて二人目だという。

ケメーニ「第三世代」 ・・・ 宇宙に進出して労働はロボットだかアンドロイドに任せている世界で、就職斡旋屋に人間がやってきた。すでにほぼ滅んでいるというのに。彼は不思議な職業(カウボーイ)を選びたいといいだす。

チェルナ「脳移植」 ・・・ 脳移植の研究をしているところに、交通事故で重傷を負った独裁者が運び込まれた。独裁者は助かる見込みはない。そこで教授は、自身の研究を試す機会と考えた。自分の脳を独裁者と交換するはずが、研究助手が自分の独断で交換先を自分にした。さて、教授は漸進的な政策変更を考えていたが、事態はきわめて切迫していた。毎夜、粛清と暗殺の銃声が聞こえる。新しい独裁者は副官の報道官を逮捕させ、軍隊の大将を更迭しようとしたが・・・初出年がわからないのだが、ハンガリー動乱の前か後か。とすると、独裁者のモデルは外見はヒトラーのようであるが、スターリンかラディクかもしれない。こういうひんやりした政治的な冷たさは1960-70年代の中南米文学みたい(「蜘蛛女のキス」「精霊たちの家」など)。あと、脳移植されたら同じ人といえるか、という問題がある。どうやら、心理学や哲学では別人ということでコンセンシャスになっているみたいだ。

ブルガリア
ペーエフ「マホメットの毛」 ・・・ 表題のものと思われる物質はとてつもなく古く、しかも人工的なもので、内部には信号が残されていた。これは異星人が地球に来訪したときの記録で、われわれ知的生命体へのメッセージかも。チャネリング的な仕方でその物質に触れた時、記憶がよみがえる。まだヒトとサルの区別のないころの最初のコンタクト。東欧版「2001年宇宙の旅」。こちらのほうがたぶん古い。

ストイコフ「裁判」 ・・・ 恒星間宇宙船で殺人があったので地球の裁判所は船長を殺人罪で起訴した。しかし、クルーは全員船長の無罪を主張。なぜなら宇宙船で一蓮托生の生活にあるとき、地球の法は無効になるから。この宇宙船を共産主義国家とみなせるとしたら。

ライコフ「夜の冒険」 ・・・ ヒューマノイドが脱走して地球に隠れ住んでいるが、誰かに追われていると脅えている。地球の捜査官はかれらを安全なところに逃がそうと金をやることにする。ヒューマノイドは自分が人間であると信じているが、そうではないという疑惑に取りつかれて。ああ、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」の東欧版で、こちらのほうがたぶん古い。

ヴェジノフ「ある秋の日に……」 ・・・ 雨の中を歩いている男を自動車に乗せてやった。スリップしてがけから転落する、はずだったが、自動車は宙に浮いていた。男はこれは自分の責任だからやったまでで、人間に介入する権利はないという。この<神>とも<宇宙人>ともいう全能の存在との会話。でもこの男はさらに高次の存在から指令を受けているだけのロボット的な存在らしい。それにすら対抗できない人間という無知で不完全な存在とはいったい。

ドネフ「金剛石の煙」 ・・・ もしもスペース・オペラシャーロック・ホームズとワトソン博士が登場したら。これはホームズのパスティーシュ短編集に載っていてもおかしくないな。


 初出が書いていないのでなんともはっきりしたことはいえないが、編・訳者の深見弾による充実した解説を読むと、作家は1920-30年代生まれなので、たいていのものは1950-60年代の初出と思われる。サマリーにも書いたように、アメリカ産のSFと同じ発想をしているものがたくさん。ここらへんの想像力に差異がないことにまず驚こう。そのうえで、差異を見出そうとすると、冒頭の印象もあるし、追加するとユーモアのなさとかシリアスであることとか、世界とか自我とかが実は不安定なものではないかという実存的な問題意識をもっているところあたり。最後のところは、20世紀になんども体制が変わり、執筆時現在、抑圧的な社会に住んでいて、反抗とか抵抗が即座に命に係わるという緊張感を強いられているところにあるのかも。世界や自我に確信を持てないのは、彼らの社会がそのようなものであったから、と言ってよいのかなあ。それにサイエンス・フィクションであって、新規な知見や技術を描こうとも必ずしも全般的な信頼を科学にもっているようではなさそうなのも気になるなあ。「センス・オブ・ワンダー」の楽しみは後景に退いている。その分「文学」がつよくなっているのが、この短編集の特徴。