odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トーヴェ・ヤンソン「ムーミン谷の仲間たち」(講談社文庫) 1963年に発表された短編集。モチーフは「海に行く」「十一月」の次の長編に使われた。

 1963年に発表された短編集。ムーミン一家が主人公になることはめったになくて、新しいキャラクターのほうに描写の力を入れる。

春のしらべ ・・・ スナフキンは春の調べが生まれてくるのを待っていた。彼の歌は孤独の時でないと生まれない。そのきざしはあったけど、はい虫がキャンプに割り込んできて、歌はどこかにいってしまった。はい虫は自分に名前を付けてくれと頼む。スナフキンが珍しくいらだって、しかしはい虫の自立を確認して安心するハートウォーミングなお話。ちょっと「セロ弾きのゴーシュ」に似ているな。

ぞっとする話 ・・・ ホムサはひとりでいることが好きで、空想癖のある子供。うそをついて親に夕飯抜きの罰を受けたので、家出をした。闇の中に見つかった館にはちびのミイしかいない。ホムサのうそをさらに大きくするメイの話術に幻惑されてしまったのでした。ストレートにうそはよくない、といわないところがユーモラス。

この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ ・・・ 先祖が暮らしていた家が無人になったので、中年婦人のフィリフヨンカは引っ越してきた。そこは海辺の何もない砂地。一生懸命整理し掃除し整頓しても、彼女は世界の終わりが怖くてたまらない。唯一家を訪れるガフサ夫人とも仲たがい。そのあと、嵐が来る。彼女は嵐の中に飛び出て、なぜかそこで安心する。家はめちゃくちゃになったが片づける気にもなれない。さらに竜巻が起こり、家と家具をすべて吹き飛ばしてしまった。そのあと、フィリフヨンカは初めて自由を満喫し、心から笑う。なんという改心の物語。形のないなにごとかにとらわれていた執着が所有物と一緒に消えて、新生したのだよな。こちらの気持ちまで晴れてくる。さあ、何かにとらわれている人はフィリフヨンカといっしょにぎこちない笑いをあげよう。

世界でいちばんさいごの竜 ・・・ 竜はもう絶滅しているのだが、ムーミントロールはちいさな竜をみつけた(あの、トーヴェおばさん、「ムーミン谷の彗星」でスナフキン一行がガーネットの谷で竜に会っているのですが)。家族に内緒で飼おうをしたけど、ちびのメイが目ざとくみつけて、秘密は台無しに。竜はスナフキンのところに逃げていく。まあ、竜は「自由」のアナロジーなのだろうな。自由を求めると、共同体の世話にはなれない、でも自由な存在同士で共同体も作れない。北欧の個人主義はなかなか生きるに厳しい。

しずかなのがすきなヘムレンさん ・・・ 一人で暮らしたいけどそうする資産をもたないヘムレンさん。ようやくおじたちに使われなくなってジャングルみたいになった荒れ地をもらって、念願の生活を始める。でも、こどものホムサがやってきて、昔壊れた遊園地を修繕してくれと頼む。そうしてできた遊園地はまるでジャングルそのもので、子供らは遊んでいてもどこにいるのかわからない(たぶん「パパの思い出」に出てくる王様の遊園地はこういうものだ)。「世界でいちばんさいごの竜」と逆のメッセージ。

目に見えない子 ・・・ 皮肉屋のおばさんにねちねちと小言をいわれたので、小さいニンニは自分の姿を消してしまった。おしゃまさんはニンニをムーミン一家に連れてくる。ママは秘伝の薬をのませ、トロールとメイは遊びを教えてみるが、ニンニの姿は見えない。ニンニが姿を現したのは、笑い声を戻した時。まあ、これは心の傷ついた人に接するときの基本姿勢を書いているな。それにしてもママのなにもしないことによるコミュニケーションの力はなんと強いこと。

ニョロニョロのひみつ ・・・ 突然、メランコリーに取りつかれたパパは家をでて、ニョロニョロを調べる冒険に出かける。まあ、ニョロニョロは人間とまったくコミュニケーションの取れない知的(?)生命の象徴みたいなものだろう。こちらから話かけても絶対に返事をしない。それに関心を持つことは、観察者の心を観察することに他ならない。というわけで、パパは自分の存在の意味に思いをはせるのだが、物語が弾まないので退屈。

スニフとセドリックのこと ・・・ スニフはセドリックと名付けた瀬戸物をなくしてしまったので、悲しんでいた。そこでスナフキンは医者にさじを投げられたおばあさんがたくさんのものをもっていたけど、ちっとも幸せではなかったことを話してあげる。所有に関するおとぎ話。これに感動したら、汚部屋を掃除するように。

もみの木 ・・・ ムーミン一家は冬眠をしているのだが、ヘムレンさんがやしきの天窓をぶち破ってしまったので、目が覚めてしまった。おりしも村の人々はモミの木をきりだして祭りの準備中。何事かわからないムーミンたちは見よう見まねでモミの木に飾りをしていく。明治生まれの老人が昭和30年代にクリスマスの風習にであったときの面くらいかたに似ているのだろうな。あと、トロールは前の年に冬を経験しているので、「雪」を家族に教えることができた。


 どうも短編では主題を十分に展開することができないし、物語の豊饒さも失われるみたい。それがあってかどうかはわからないけど、この短編集のモチーフは「海へ行く」「十一月」の次の長編に使われることになった。ムーミン一家の登場するものは「海へ行く」へ、それ以外の人物たちのものは「十一月」に。


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