odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

スティーブン・キング「ミザリー」(文春文庫)

 人によると「モダンホラーは怖くない」そうだ。ミザリーもしかり。

「事故で動けなくなった作家を監禁し、自分だけのために小説を書かせようとする自称“ナンバーワンの愛読者”。ファン心理から生じる狂気を描くサイコ・スリラーの傑作」
『ミザリー』スティーヴン・キング 矢野浩三郎・訳 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS

 ここにあるのは平明さ、明晰さ。主人公が何を考え、想像し、恐怖するかが詳しく書かれているので、彼(ポール・シェルダン)に感情移入していく。読み手としては彼の自己分析が的確であることに驚いていればよい。恐怖の対象は一人の中年女性アニー。通常ではこの種の人には恐怖を感じないけど、ここで恐怖を倍加しているのはシェルダンが足を骨折して動くことができないということ、それまでの力を失って自分を殺すかもしれないものに食事から下までの世話にならなければならないというところかしら。それまで社会で優位にたっていたものが、圧倒的な力に屈服しなければならないという恐怖。そういう経験は、「夜と霧」「極光のかげに」などの収容所で経験するもので、たいていは力に屈服してしまう。ところがシェルダンはいつまでも脱出を試みるし、ときどきアニーに反抗するなど、心は折れない。その理由はなにかしら。
 ラブクラフトやポーでは暗示にとどめられるくらいの恐怖は、モダンホラーでは残虐描写がとって代わる。その部分での生理的な嫌悪感が強かった。足が折れるとか、その他いろいろ。とはいえ、生理的な嫌悪感は、実はノンフィクションのほうが強い。たとえば、「呪われた医師たち」のナチス生体実験や、「海と毒薬(遠藤周作)」の日本軍のそれ、「海鳴りの底から(堀田善衛)」のキリシタン迫害など。実際に起きたことであること、すなわち我々にも起こるかもしれないという恐怖のせい。
 僕がいままでに「怖い」または「悲惨」を感じた小説は、「蝿の王ゴールディング)」「沈黙(遠藤周作)」「暗闇のスキャナー(PKD)」「蜂工場(イアン・バンクス)」「1984年(オーウェル)」くらい。これに共通するのは「出口なし(サルトル)」ということ、救いや解放感がないこと、悲惨な状態が形を変えてなおも続くだろうことを予感させられること。
2003/2/16
 この小説の力技は、登場人物が二人だけということ(プロローグとエピローグ、クライマックスの直前に数名登場するが、主要なできごとはほぼ二人だけに起こる)。舞台は数部屋ある山荘で、しかもほぼシェルダンの閉じ込められた一室でのみ。それだけで400ページを書ききったのであるから、作者の力技は凄いの一言。こんな設定の小説は他にちょっと思いつかない。
 さて、初読から20年を過ぎたので、再読しようとしたら、数ページで挫折。ストーリーも結末も知っているからなのか、作者の文体が鼻についてしまったのか、こちらがすれっからしになったのか。キングのモダン・ホラーはいくつも読んでいるのだが、ストーリーをよく覚えているので、再読する気になれないし、たぶん再読できない。モダン・ホラーというのは一度だけ読む小説なのかなあ。