odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

C・G・フィニー「ラーオ博士のサーカス」(ちくま文庫)

 アリゾナ州アバローニ市にサーカスが来たネ。ラーオ博士(老先生のほうがよろし)が団長ネ。サーカスにはメデューサがいるヨ、スフィンクスがいるヨ、キマイラに人魚がいるヨ。あそこではアポロニウスが占いをしているネ、今度死人を生き返らせるアルので、みていくがよろし。町の人みんな来たネ。メデューサをみて石になった奥さんいるアル。ウミヘビにインタビューした新聞の校正係もいるアル。とても面白いネ、みんな読むよろし。いいか、わかったネ。
 さて、この奇妙な小説を要約すると面白くないので、上のようにやってみた。1935年初出。地方都市が周辺人口による需要だけで経済が成り立っていて、しかし、旅に出ることは困難で隣の町の情報などまるで入ってこない。人々は食っていけるし、それなりに消費生活を楽しんでいるけど、とても退屈している。そういうグローバル化とIT化が起きていない時代の話。ほんの少し前までそんな時代であったけど、若い人たち(1990年以降に生まれた)には神話的な時代だろうな。

 この奇妙さをとても野暮に紹介するとだな。ボルヘスとビオイ=カサーレスが編集した「幻獣図鑑」。古今東西の空想の動物を紹介するというもの。あれが、物語になったと思いねえ。あるいは、荒俣宏「世界大博物学図鑑」だな。コモドオオトカゲとサラマンダーが並び、河童とカワウソが同じページにいるあの図鑑。それが物語になったと思いねえ。あと重要関係作は筒井康隆「ポルノ惑星のサルモネラ星人」。ただ、古今東西の幻獣、妖獣、怪獣を登場さすのは大変なのか、主にはギリシャ神話と中国の神話(著者は上海に滞在した経験がある)。
 幻獣がでてくるだけのことであれば、凡百のファンタジーを読めばよい。この本がそれらを蹴散らしてユニークなのは、幻獣の現れる場所がわれわれ読者のいる世界の真横であり、サーカスを見物するのが凡庸、平凡、世俗まみれで、その日暮らしで、知恵がなく、疲れ果てているわれわれの友人であり家族であり学校や会社のメンバーであり、すなわち読者自身にほかならないこと。神話の世界で英雄ないし悪役を務める崇高で人間の存在を超える幻獣や神々、予言者の振る舞いをまったく理解しないで、彼らの奇蹟の数々を貶めてしまう。あるいは、自分の都合の良いようにしか解釈できない。そこの落差というか馬鹿さがたまらなく滑稽であり、そして恐怖である。われわれが作中人物を笑うとき、自分自身を笑っているのではないか、むしろ笑われていることに気づかないほどに「井の中の蛙」で、イドラを払しょくできないでいるのではないか。自分探しを繰り返した挙句に、だれか詐欺師の吹き込んだ偏見を得々としてのべる馬鹿者になっているのではないか。まあ、そんな感じ。滑稽の先にある恐怖。
 そこまで読み取れるかどうかは置いておくとして、この文庫のどこにもその名が記載されていない名無しの絵師によるイラストが面白い。シュール・リアリズム風であり、正確な博物画であるような、時間感覚をなくしてしまった、動きがあるのにきわめて静かな絵を楽しみつつ(それは物語とその文体にあっているようでもあり、齟齬をきたしているようでもある奇妙な惑いを感じつつ)、読むことに集中しよう。ああ、楽しかった。