odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

エイモス・チュツオーラ「ブッシュ・オブ・ゴースツ」(ちくま文庫) ナイジェリアの児童が内戦か奴隷略奪の惨禍を免れようとしているうちに、ゴースト(幽鬼)だけの社会に紛れ込む。

 「町を出た少年が迷い込んだのは、ゴーストでいっぱいのジャングルだった。耐えられぬ悪臭を放つもの、奇妙なかたちをして不思議なしぐさをするもの…。ヨルバ族に先祖から伝わる物語をふまえて、ドラム・ビートに乗せて紡ぎ出される幻想の世界。ナイジェリアに伝わる伝説をもとに紡ぎ出された幻想文学。『やし酒飲み』に続き西欧合理社会に衝撃を与えた傑作。」

 「小説」と銘打たれてはいるものの、ここには社会のリアリティとか、物語の整合性とか、人間心理の巧みな描写、卓越した比喩などの近代小説が必須にするような要素はかけている。とはいえ、ナイジェリアの児童が内戦か奴隷略奪の惨禍を間ぬが得れようとしているうちに、ゴースト(幽鬼)だけの社会に紛れ込むというこの作品はやはり小説というしかない。現代のせせこましい街を舞台にして、せいぜい数人の心理と行動くらいしかかかれないような最近の小説よりも、はるかに面白く、多くのことを考えさせるというのはたいしたもので(という比較はしてはいけないね)、こういう方向に小説は向かってほしいと思いながらも、こういう想像力は失われているなあと慨嘆する。
 ほとんど教育を受けた機会のない青年(1920年生まれ)がたどたどしい英語で綴った(1954年初出)。ナイジェリアの放送局に勤務していたが、仕事は倉庫番だった。こういう作者のおかれた状況が感動的。
 ここでいうゴーストは幽霊とも訳されるような心霊ではなく、元人間であったという関係もない。森や川などの万物に宿る精霊のうち、性質が悪く、互いにいさかいを起こしているような存在。幽霊は人間にかかわろうとするが、ここのゴーストは人間を嫌っている(ときどきいたずらを仕掛けるが)。こういう類推は間違っている(方法も、対象も)と思うが、水木しげる漫画にでてくる連中を思い出せばいい。
 少年は7歳にゴーストの世界に侵入し、そこから人間の世界に戻るのに24年かかっている。その間に彼の経験することはひどいもので、数ヶ月眠らないとか、血と汚物まみれにされるとか、激しい汚臭の中で暮らすとか、昼夜労働に明け暮れるとか。こういうグロテスクで、スカトロジックなイメージも、ゴースト社会の奇妙な風習とか、人間心理をまったく書かない民話風の語りといっしょになると、一切の悲嘆も嫌悪も憐憫も感じることはなく、たんに哄笑するだけになって、読後感は爽快だった。
 ほとんどのエピソードは民話によっていると思うのだが、ときどき西洋の風習が現れて(ゴーストの街にキリスト教教会があるとか、奴隷売買がおこわなれているとか、手がテレビになっている幽鬼がいるとか)、20世紀初頭ですでにオリジナルの民俗、慣習、生活様式というのは失われていたことがわかる。そして少年がゴーストの街の体験も、たぶんナイジェリアの人たちが経験したことを反映しているのではないかと思われ(それは主題ではないので、この作品からアフリカ民衆の苦悩などを読み取るのは間違い)、読書のおもしろさを堪能できる一品。あいにく絶版中(2009/9/9現在)。