odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

中谷巌「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社)

 新古典派経済学者で、レッセ=フェールの信奉者で、小泉内閣構造改革推進論者で、いくつもの経済政策を提言してきた著者が、2006-2008年ころのさまざまなできごと(リーマン・ショック格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装など)にショックを受けた。そこで自分の考えを再検討し、ブータンキューバなどのグローバル資本主義に「毒されていない」国のあり様と比較して、自分の立場を変えグローバル資本主義の批判者となることを宣言した本。そのような「転向」を表明する経済学者、評論家はいなかったとのことで数年前に評判になったらしい。松岡正剛氏もほめている。

 さて、こちらはひどく辛口の評価。ほとんど目新しい記述はなく、経済学以外の分野(歴史、国民性?、宗教、民族意識?)の記述は粗雑であいまい。個人的な印象を基にして議論を進めているので、一般化は難しいだろうし、自然と文化一体の日本モデルが世界再生の鍵になるというのはほとんどトンデモな議論。というわけで、途中で読むのをやめた。
 グローバル資本主義の問題点は、通常言われていることと同じで、たとえば河邑厚徳「エンデの警鐘」(NHK出版)などと問題意識は共通する。国内格差、国家間の格差、環境破壊、モラルの崩壊、共同体の解体、あたりかな。まあ、以前から言われていることで、21世紀突入後に気づくというのはちょっと能天気のようだ。
 経済学では始祖のアダム・スミス批判から始まる。いわく、経済学は人間を情報を遅滞なくすべて入手し理性的・合理的に判断する近代人として規定しているが現実の存在とかけ離れている、利益拡大を無条件に善とし他者に対する同情などない、などなど。それはあっているけど、同時にスミスはイギリスの「ジェントル」(寛容さとか他者への奉仕とか)があることが経済人の前提であるという議論をしていて、「国富論」と同時に「道徳論」を書いていることを無視している。ここらへんの一方的な記述はいただけない(というか経済学者が知らないの?)
 「第5章「一神教思想」はなぜ自然を破壊するのか」は転向後の彼の勉強の成果なのだろう。参考文献に梅棹忠夫松岡正剛などの著書が並んでいるのはご愛嬌。問題は、宗教・思想の記述が粗雑であり、過度な一般化を行っていること。日本が安全という例を明治初年ころに訪れた外人の文献で紹介しているが、生麦事件その他の攘夷運動はどうした。新撰組尊王志士が深夜に殺し合いをしていたのはその数年前。こんな具合に自分の都合のよい記述ばかり。前の章で日本が環境破壊を他の国よりひどく行ったといいながら、この国の人は自然と共生していたとか。「本地垂迹」なる思想がこの国人びとの共通した宗教観であるとか(中世に作られた思想が全国津々浦々までの民に流通したとでも。それに「あのお方」を中心とする宗教もそれに一致する?)。一神教思想でユダヤ教キリスト教イスラム教をいっしょくたに批判しているが、その前のアメリカでは最初の入植者のカルヴィン主義が他のキリスト教と異なることを指摘していなかったっけ。「第4章 宗教国家、理念国家としてのアメリカ」では、アメリカが一つの宗教ないし国家目的を持っていて、周辺各国ならず世界の紛争におせっかいを出しているとされる。それを19世紀のフロンティア活動と啓蒙主義とみる。これも短絡したみかたではないか、ないし過度な一般化をしているのではないか。西洋人が東洋思想というと「禅」を持ちだしてそれでもってこの国の仕組みを説明しようとするようなもの。
 こうしてとくにアメリカの金融資本主義に典型的に見られるグローバル資本主義を克服する方法は、日本型資本主義にあるといいだす。その根拠は日本の「精神性」「文化」とかそんなこと。それがトヨタの看板方式とかデザイン−インの系列にあるとか。それらに優れたところはあるけど、経営と市場の閉鎖性、官僚の指導の下での「和」、賃金格差の拡大などこの20年にさまざまな問題があり、それを打開する政策を提言してきたのはあなたでしょう。「転向」のあと、以前批判していた日本型資本主義に戻れというのか、そしてそれが解体してきた共同体やコミュニティに未来を求めるというの?
 ひどい本でした。まあ、とりあえずカール・ポランニーの人類経済学を知っただけでよしとするか(四半世紀前に栗本慎一郎の本で名は知っていたけど)。
 ああいけない。補足。著者のグローバル資本主義は克服されなければならない、そうでない政治・経済に変えるべきという主張は同意。また国家は社会を救えないという主張も同意。その分析と理由はまったく支持できません。提言は読まなかったけど、同意できるところはあるかもしれない。