odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

堀内昭義「金融システムの未来」(岩波新書)

序 日本の不良債権問題をどのように考えるか ・・・ 金融システムは、家計などの資金の提供者が蓄積した貯蓄を国・自治体・企業の資金調達者に効率よく移転し、それぞれに適切なリスクとリターンの関係を実現すること。1990年代の金融システムはそれを実現していない。ひとつは銀行の不良債権処理、ひとつは証券業界の不適切な運用。いずれも貯蓄者に大きな負担になっている。主要な登場人物は、民間金融機関、金融当局(当時の大蔵省か)、政府の財政投融資制度(郵貯と剣候補家と年金か)。

第1章 不良債権問題の現状 ・・・ 1980-90年代に世界各国で不良債権が問題になった。その原因は、ロシア東欧諸国では計画経済から市場経済への移行に伴い混乱であり、その他では金融自由化にあると考えられる。しかし、この国では債権の大きさより迅速に処理できないシステムにより問題がある。

第2章 不良債権の急増はなぜ問題なのか ・・・ 不良債権の増加は金融機関の財務諸表を悪化し、リスクの高い投資を行うようになる。失敗した場合、債務を支払える資産を持っていないことが多い。債務を負担するのは株主ではなく、預金者であることが問題。また、決済・投資・貸付などの金の流れを止めるので、不況を拡大する。きわめてシンプルなまとめ。

第3章 セーフティー・ネットの役割 ・・・ 銀行の破たんは広範なステークホルダーに影響を与える。なので、セーフティネットが必要、というわけで預金者保護、銀行の経営危機時の預金保険制度、金融当局の介入などが用意された。しかしこれでは金融機関が自己改革、改善するモチベーションがないので、監視制度が必要。1998年時点では監視制度は不十分で運用も漏れがあるという評価。

第4章 不良債権問題はなぜ発生したのか ・・・ ひとつはマクロ経済政策の失敗。1980年代の金融緩和と財政引き締め(このバックグラウンドに長期の好況)→金融機関の融資拡大→資産価値急騰→金融引き締め→資産価値急落。もうひとつは金融自由化(金利自由化→銀行間競争、金融機関以外の資金調達方法→金融機関の価値低下、顧客流出→銀行のリスク選択拡大→銀行の収益性悪化。さらにこの国の金融自由化のユニークさに求められる。国内の金融機関保護のための「漸進主義(護送船団方式)」と「外圧」で緩やかで新規参入者に不利。この国の金融機関の経営が、非効率で閉鎖的、競争の排除、経営者の恣意的な経営が可能。製造業の拡大政策、シェア重視に対応するように、経営規模拡大のための融資に積極的。経営リストラの遅れ、内部監査の欠如、内部者の保護、問題の先送り。

第5章 誰が銀行経営を監視するのか ・・・ 以上の問題に対する金融当局・大蔵省の責任は大きい(個人的には日本銀行も加えたい)。この国の金融システムの問題は、市場規律が厳しい(新規参入が困難とか新商品開発ができないとか)一方、金融当局の監視が不十分。その大きな理由に監視する側の金融当局者を民間金融機関が受け入れる「天下り」があるため。なあなあの関係とか一回受け入れたら継続するとか、受け入れのコストに見合う収益がないとかいろいろ批判がある。抱腹絶倒だったのは、1990年代の統計で大蔵省と日本銀行天下りを受け入れている銀行ほど不良債権比率が高く、自己資本比率が低い。すなわち、天下りは金融システムの健全化には役立っていないということ。

第6章 不良債権問題への対策 ・・・ ここは1998年当時の説明なので、割愛。


 さて振り返ると、不良債権問題は第6章のオプションE、公的資金の投入で解決を図った。とりあえず、その後には地方銀行のいくつかが倒産したが、2004年以降はとりあえずないようだ。また投入された公的資金も2008年(だったと思う)までに全額償還された。自己資本比率も改善している。
 別におこったことは、大手都市銀行の合併が進んで、メガバンクといわれる巨大銀行グループができたこと(三井と住友が合併するなんて昭和40年代を知っている人には唖然とするはず)。ネット銀行といわれる新形態の銀行、商業資本が投資する銀行が誕生していること、IT技術で決済機能をもつ企業が登場していること(電話会社とコンビニエンスストアがそれだ)、などがぼんくらな自分の目についたこと。これで何がどう変わるか、はわからん。単純には、銀行・証券会社が相対的に価値を減じていくのだろうな、その代わりにモバイルデバイスのサービス提供会社に金融システムは移行するのじゃないかなあ、ということ。財務省日本銀行の方は、こちらにもちゃんと監視の目を光らせてね、でもたぶんこの種の新企業は天下りを迎え入れないのじゃないかなあ。
 もうひとつは1990年代の不況は金の流動性が低くて企業活動が損なわれたのだが、2000年代の不況は金の流動性は高くなってきたが投資先がないという状況を生み出している。変な話、1990年代にリストラ、雇用抑制したおかげで、新規事業や新製品のアイデアが枯渇しているのではないかな。目先の財務諸表をきれいにすることにばかり注目していると、その先の成長を阻害しかねないというわけで、ここらへんを経営者はどう考えているのか。リストラでPLを美しくしたゴーン社長の日産自動車はその後低迷しているのだよね。そんなところにも注目。
 どうでもいい妄想は、この国だと公務員と民間企業の壁は大きくて、公務員が一度転職すると、公務員に戻れないようになっているみたいなので、ここは移動可能にしたほうがよいと思う。
 この本は1998年までの事態を扱っているのでその部分の記述は古くなっている。そのかわり、金融経済学のよいケーススタディになっているので、大学1年生や20代のサラリーマンの良い教科書になるのではないかな。当時のできごとを思い出すよすがにもなるし。