odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

小野善康「景気と経済政策」(岩波新書)

 どうもこの人の考えは自分にはよくわからないところがある。そのことを告白したうえで、もう一回読んでみる。

第1章 景気に対する二つの考え方 ・・・ 経済事象をみるときには、<供給側>と<需要側>のふたつの立場がある。供給側だと、技術革新で需要を喚起することは可能なのだが、新規技術が浸透すると次の技術開発まで時間がかかり、需要が冷え込むことがある。このときは、需要を刺激して購買を活発化し、技術革新による需要喚起を待つべし。対して<需要側>からすると、今欲しい欲望と将来に備える貯蓄は社会というか経済の気分で決まる。その「空気」を読まずに大量のものを用意しても買う気になれないときがある。購買意欲が衰えた時は供給側が生産調整や事業再編成を行い、需要にみあう供給にするべき。政府は緊縮財政で経常収支均衡に目をとがらすべき。ということでいいのかなあ。

第2章 財政支出の是非 ・・・ 好況期は生産設備が潤沢で労働資産が不足している状態。このときに、政府が財政支出公共投資をするのは労働資産の不足を加速させる。不況期は、生産設備が遊休化し労働資産が余っている状態。このときには逆に「正しい公共投資」を行って、失業=時間とともに価値を減じていく資産を有効に使用するべき。減税は失業者を放置してほかの人に金をまくだけなので、効果はないし、困っている人を救済しない。ではなにが「正しい公共投資」かというと、この人にはアイデアはなく、政府や自治体もソリューション経験がないので有効な使い道を見つけられない。住民・市民も目先の入金を考えるから、長期的な投資計画を立てられない。さてどうしよう、というのが自分の感想。あと、災害時のボランティアに批判的で、これは無償で公共投資の活動を行っているから経済効果はない、むしろ政府・自治体が失業者(ここでは被災者だな)を雇用して有償の仕事に就かせるべき、という。ここはだれか計算していないかなあ。

第3章 財政負担 ・・・ 不況時の公共投資資金をどのように調達するか。増税国債発行か。著者は後者を選択。で、国債発行には1)国の借金を増やし経済が回らなくなる、2)将来の返済で次世代以降に負担がかかる、という反対論があるがどちらも誤り。1)は政府と国家の混同、2)は金が国民間で回るだけで現在世代と次世代にギャップはない。で、不況時には国債発行と公共投資、好況時には増税国債返済し公共投資は抑制して税収アップに励み不況時の緊急支出に備えるのが正しい財政政策であるとのこと。だいたい了解。とはいえ、生産余力には設備・組織・教育の3つがあって、いずれも効率化とナレッジ化が必要だから、公共だからといってやめるわけにはいかない。そこらへん著者は楽観的にすぎると思うけど。あと消費税の増税は消費意欲をそぐのから悪いのではなく、消費性向の高い人(可処分所得の低い人)から相対的に多くの税金をとって国全体の消費性向を下げるから悪い、なのですって。医療にも言及があり、現在(1998年)では医療の供給が不足しているから、供給が潤沢になるようにすべし、医療関係者の賃金をあげろ、医療費削減より低所得者への所得援助をしなさい、とのこと。

第4章 金融問題 ・・・ 人には金持ち願望があり、資産を増やそうとする。好況期には株券・債券(あるいは不動産資産など)が金利よりも有利なので金の価値が相対的にさがる。で、企業や事業の実態価値以上の価格がそれらに付くのでバブルになる。不況になると逆になり、貨幣の価値(額面以下の価値になることはない)があがり、好況期の資産評価が下がる。で、人は不況になると貨幣の所有にこだわり、流動性がなくなる。それはほぼ需要の不足と言い換えてよい。あわせて貨幣の流動性が止まって企業活動が障害になる。なので、このときには貨幣の流動性を高める政策が必要。そのときに既存の貨幣の流通機構をもつ銀行に融資し、銀行を通じて<供給側>に流動性を持たせるべき。なお不良債権をもった金融機関は評価をちゃんとして(ここはむずむずする気持ち悪さ)経営状態のよいところには債務があっても財政援助をするべし。ですって。

第5章 構造改革 ・・・ <供給側>だと不況時には好況時の過剰投資や過剰在庫などを調整する機会で、人員削減は大いにやるべしであると説くが、それは完全雇用が実現していればの話。不況時の雇用需要もないときには、失業という無駄を大量に発生することになる。なので、好況時は民間・企業はリストラすべしで官は公共事業を行わない、不況時は逆に民間・企業は投資の拡大をして官も公共事業をすべしとなる。なんとなれば不況の原因である流動性の低下、需要不足を解決するにはイノベーションによる需要喚起が不可欠であるから。
 ここに関連するのは、この国に限らず不況の時には<戦犯・犯人捜し>と責任追及が行われるが、それは無駄。というのは、責任追及の渦中にある組織の委縮と伝統遵守が行われ、イノベーションの創出がなくなるから。必要なのは原因究明。あと公務員の削減はこの種の犯人探しや責任追及の結果として行われる。でも、それは住民・市民と行政をつなぐ部門の閉鎖となり、サービスの低下や社会的公共資本の喪失になる。自分の気分を収めるかもしれないけど、生活を圧迫するよね。それに公共サービスの喪失は質の保障されていない市場サービスを高価に購入することになるかもしれないのだがねえ、それでよいかい。などと、本書の主張の延長で文句を垂れてしまった。


 この人の正確な議論はちゃんと論文を読めばいいのだろうが、たぶん歯が立たない。そのうえで妄想をいうと、この人の経済学のもとには人の心理や欲望を基礎にしているが、それは架空のものではないという保証はあるのかな。人には「金持ち願望」があるとか、「バブル体験の有無が需要に反映」みたいなところ。あと、提案する政策があいまいなところ。公共投資が有効なのはわかったけど、今(1998年当時)必要な事業はなに?、構造改革より「意識改革」が必要(P197)というけど、どういう意識が望ましくて、どのような方法で人々の意識を変えるの?、啓蒙で人の意識が変わり行動になった例はあったっけ?学問の中ではあるいは現状分析では面白そうだが、政策提言のところになると腰砕けになりそうな議論に思えた。