odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

レックス・スタウト「シーザーの埋葬」(光文社文庫)

 時代は1938−40年になるのかな。アメリカの経済状況は好転しているらしい。舞台が農村で、しかも都市近郊で豊からしいから、都会の状態は描写されないので、確定できないけど。また日本の戦闘方法を非難することばがあったりする。こんなことからニューディール政策の影響が出てきたあとで、日本が満州国を作ったあととみなす。(調べたら1939年の第6作との由)

 ウルフは仕事で依頼人と事務所以外で会うことはないが、引きこもりであるわけではない。毎週ひいきのレストランに行くし、蘭や美食の友人には会いに行く(「料理人が多すぎる」「ネロ・ウルフFBI」)。今回は北部大西洋沿岸共進会に蘭を展示するためにアーチーの運転ででかけることにした。しかし車のトラブルである農家に宿泊することになる。そこは種牛を生産しているところ。おりしもその農家の「シーザー」が今年度の全米チャンピオン牛の栄誉に輝いた。しかし、牛を購入した大衆レストラン・チェーンの経営者トマス・プラットが、店の宣伝のためにバーベキューにしようといいだした。反対する農家のフレデリック・オズグッドと育て主のマクミラン。なにしろ、オズグッドとプラットは犬猿の仲(プラットは元はオズグッドの雇用人で、家を飛び出してビジネス界で成功した)。そこに、オズグッドの息子クライドがプラットとシーザーをバーベキューにすることはできないと1万ドルの賭けを持ちかける。その夜、クライドが農家の放牧場で、牛の角で刺されたような傷をつけて死んでいて、その横にはシーザーがいた。
 ネロ・ウルフが外出している。そのため、ウルフ一家のコック、欄の栽培人、下請けの私立探偵、毒舌の警部たちがでてこない。アーチーも土地勘のないところなので、いつもの行動力には欠けている。
 さて、怒り心頭のオズグッドは(なにしろクライドが牛を殺したのではないかという疑惑が周囲に蔓延)、ウルフに解決を依頼する。そうするうちに、シーザーは炭疽菌に感染して急死するし、クライドは詐欺師で高利貸しのブロンソンに借金まみれであることがわかり(にもかかわらず1万ドルの賭けを持ちかけるという無謀さ)、ついには北部大西洋沿岸共進会の会場でブロンソンの刺殺体(今度は干し草を収穫するクワが凶器)が見つかる。
 田舎なので、雇いの私立探偵を使えないし、舞台としてのオフィスも使えないし、アーチーは事件の解決よりものちの恋人になるリリー・ローワン(この作で初登場)に気を取られているわで、いつもの連中の掛け合い漫才を楽しむことはできない。それに都会の洗練された人々が登場するわけではないので、口が悪いし、喧嘩になりかねない険悪な雰囲気になるし、手の込んだシェフの料理もないし、ビールは冷えていないしで、いつもの作とは様子が違う。
 とはいえ、探偵小説としてみると、この複雑な憎悪の関係(地主と雇用人、田舎と都会、農業とサービス業、19世紀生まれの老人と20世紀生まれの青年)に幻惑され、無関係と思われる事件が、ひとつの構図にまとまっていくさまは見事。犯人の最後も古い探偵小説のかたを踏襲。異色作にして、傑作というなんともすわりのよくない一冊。