odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

レックス・スタウト「腰抜け連盟」(ハヤカワ文庫)

 なんてことだ。前回これを読んでから12000日を過ぎているなんて。うれしいことに内容をまったく覚えていなかったので、初読と同じだった。幸いなるかな、我が貧しき記憶力。
 1935年の第2作で、クレーマー警部初登場。

 心理学者の娘がウルフを訪れる。父に脅迫状が届いたので、助けてくれと。しかし、ウルフはその話を断り、ある著名人、有名人を集めた。彼らに共通するのは、同じ大学の寮に住んでいたということ。発端はたわいもない学生のいたずらだ。寮の外壁を伝わらせて、度胸試しをしていたのだが、あるとき陰気な学生に強要したら、彼は墜落し、背骨を負ったかなにかで不具になってしまった。そこで反省した学生たちは学生のために基金を作り、援助することになった。名を「贖罪同盟」という。それから20年。成功した人もいれば人生に敗北した人もいる。なにしろ、1929年の不況の影響は深刻だったのだ。しかし、不具になった学生は作家になり有名になった。内容の残虐性、サディスティックなことでセンセーションを起こした。
 そこにおいて、この作家が書いたと思われる脅迫状ないし復讐宣言の詩が「贖罪同盟」のメンバーに配られたのだった。その前には、判事と画商がいずれも不審死を遂げている。ウルフ自身も窮乏化しつつあり、心理学者の娘の依頼料では不足する、ということでこの贖罪同盟のメンバーを招集する。不安に刈られた連中はウルフの提案にすぐさま乗ることになった。おかげで娘の依頼料の数倍の報酬が期待できることになる。
 この事件はすぐさまニューヨーク中に知られることになり、記者連中がチャピンを四六時中追い掛け回すことになる。ときにはチャピンはウルフの事務所を訪ねもするし、チャピンの妻は狂言傷害事件をでっちあげてウルフを窮地に追いやろうとするし、心理学者はタクシーの運転手に変装して逃げようとするし、と登場人物たちの紹介と小さな事件が描写される。
 ようやく残り四半分になったところで、チャピンが事件を起こす。彼は医師バートンを訪れた際、突然の停電、銃声。そしてバートンの死体に、松葉杖を手から離して横たわるチャピンがいた。ここらへんからクレーマー警部の捜査はチャピンに絞られていき、彼を付狙うことになる。クレーマー警部は前作「毒蛇」に登場する警部と同じような現場たたき上げの頑固人間だが、ウルフに敬意ももてる(もちろん敵意も強い)のが大きな違い。だから二人のやり取りを楽しめる。
 すれっからしの読者にとっては、この「贖罪同盟」、皮肉な新聞記者のつけた「腰抜け連盟」をひとりひとり殺害していくという連続殺人事件は別の見方ができるだろう。そういう意味ではこれは裏返された著名ミステリーなのだ。まあ、ここまでにしておこう。
 謎解きの直前に、アーチーは容疑者の部屋にいく。そこで歓待を受けるのだが、薬を盛られてヘロヘロになってしまった。実はこのようなハードボイルド的状況はウルフものでは珍しい。スマートなアーチーがここまで窮地に立つことは例がない。そして、ウルフものお約束のコンゲームが今回も仕掛けられるのだが、その相手がまた珍しい。この趣向を思いついたとき、作者はウルフ同様の含み笑いをしたのではないかな。ページ数360というのも、ウルフ物では最大。プロットの周到さはたぶん全作品の中でもトップだと思うが、大量の人物の描き分けと出入りがうまく書けなかったのではないかと思う。もっとも印象的な人物は皮肉な作家チャピン。彼の行動と考えの謎が最後に明かされる。こちらの理由のほうが、より切実でしかも今日的であるかもしれない。
 この作品では事務所に20人以上集まる。こののちのウルフものでは事件の関係者は少ない。のちの作品だと一桁。