odd_hatchの読書ノート

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北原白秋詩集(新潮文庫)

 なんとなく遠ざけていた詩人であったが、高校生のころには「邪宗門」のような人工的技巧的な言葉の彩にあこがれたこともあった。この詩集の半分を読んで、詩人初期の作品を読んでの感想は、この人の発想は先行する書物によって得たイメージから自分のイメージをつむぎだしているのだ、ということ。だから西洋、韓紅から渡来する文物が再現なくあらわれ、クレオパトラその他の先人のことが書かれる。だからこの詩人の詩は、書物のついての詩であるということもできるだろう。
 これは決してけなしているのではなく、それこそ万葉集以来の日本の詩歌の作り方を踏襲しているのだ。和歌なんて自然観察をすることによって作られるというより、先人の作を借りて作ることのほうが多いのではないか? 多寡はおくとしても、先人の作を引用、模倣、踏襲するなんて日常茶飯事のことだったはず。あいにく北原の直前に、正岡子規その他が「観察」とか「素朴」とかいって、その影響がずっと大きかった。その後に、西洋の後期ロマン派の影響を濃厚に受けたこの人や日夏耿之介などが大正の初めにはやったわけかな。
 そういえば、大正のころは浅草オペラが大流行だったころで、西洋の文物、芸術(のようなもの)が日本の流行に反映されたころだった。両者にはなにか関係があるのかもしれない。しかも、ある詩には「タンゴ」の文字が現れ、アルゼンチンにおける「タンゴ」の発祥がこのころだとすると、最も早く使われた例になるのかもしれない。詩人は「タンゴ」を聴いたことがあるのかしら。バンドネオンの音を聞いたかしら。
2005/1/5
 上記を書いた後に、詩人の後半の詩(といってもせいぜい40代まで)を読み、解説を読む。詩人は最初はフランス象徴詩印象派の影響を強烈に受けた詩を書いた後に、なにかのアクシデント(不倫らしい、詳細は知らん)で転向してからは、日本の古い詩を懐古する方向に移動していった。晩年(といっても60代)には古事記あたりにでてくるような古い言葉を使って、作品を書いた。
 こういう西洋かぶれとして若いころを出発し、いろいろと彷徨したのちに日本の古いところに戻ってきて日本主義者になるというのはそれほど珍しくない。おそらく北原白秋は20世紀のそういう種類の人の中では、もっとも最初の人だろう。
 解説は昭和25年に描かれているが(神西清)、ここでは「古典的歌調に貫かれた<古代新頌>の連作をなし、ひいてはそれが最後の詩集『新頌』や、殊には『海道東征』または『元寇』などの大作を産むことになるのだが、その方面の詩作は一切この抄本には採録しなかった。天真の詩人白秋をしてそのような『応制』の歌を綴らせた時風については、おのずからまた別に考える機会もあろうかと思ったからである。」とされている。信時潔作曲の「海道東征」はようやく新録がでて、聞く機会を容易にもてるようになった。50年の歳月を経ると、「応制」と見える部分は消えてしまう。とくに進歩的な人物とは記憶していない解説者にして、このように書くということは、いかにその時代は戦時体制への批判意識が強かったかということを証するのだろう。

    
 「海道東征」の録音。
本名徹次 / オーケストラ・ニッポニカ Vol.2 早坂文雄信時潔芥川也寸志
『オーケストラ・ニッポニカ第2集〜早坂文雄、信時 潔、芥川也寸志』 本名徹次 | HMV&BOOKS online - MTWD99012

オーケストラ・ニッポニカ 第2集

オーケストラ・ニッポニカ 第2集

 戦前のSP録音も復刻されている。
SP音源復刻盤 信時潔作品集成

SP音源復刻盤 信時潔作品集成

www.youtube.com
 2010年代になってから、産経新聞の支援で「海道東征」のコンサートが各地で行われている。保守や愛国主義者が多数集まっていて、とても危険と思っている。