odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

山口瞳「居酒屋兆治」(新潮社)

 プロ野球球団ロッテに村田兆治というピッチャーがいて、めっぽう速球が早かった。先発して9回になっても時速150kmの速球を投げられるのが自慢だった。彼とか、山田久志とか東尾修とか鈴木啓示とか1970年代のパシフィック・リーグにはよい投手がいてもTV放送されないので、人気の少ない選手がいた。変則的なフォームのせいか、ひじにけがをして当時としては珍しくアメリカのスポーツけが専門の医師を訪れ、手術をした。この小説が連載された1979年のしばらく後の話。

 で、主人公藤野伝吉は30歳くらいでもつ焼きやを国立駅の周りのどこか(小説では明示されていないが、状況描写からこことわかる)に開いている。もしかしたら国立高校出身なのかな、中学まで投手で肩を壊して野球をあきらめた(国立高校は1980年に夏の甲子園に出場したのだよなあ)。高校を卒業して工場勤めをしたときに、16歳の少女と出会い、毎日会うことになる。しかし、女は別の男のところに嫁ぎ、家出を繰り返し、家を失火で焼失し、再び行方不明になる。一方、藤野=兆治は技術者として平凡な生活をするつもりが、工場長に憎まれ、オイルショック後の首切りを担当する総務課長に抜擢される。1か月馘首の仕事をしたあと、会社を辞めたのだった。
 というような昔の話のほうが印象的かな。単純化すると、戦後最初のベビーブーム、すなわち団塊の世代が中年になるときの危機を居酒屋で舞台に描くというのが主題。兆治のように会社からドロップアウトしたものもいれば、自営の店を経営するのにきゅうきゅうなものもいれば、会社にしがみつき愚痴を酒場で吐くしかないものもいるし。女の側もサラリーマンの女房でもあれば、居酒屋の看板女将になるものもいれば、キャバレーで年齢を偽るのもいるし、という具合。兆治は脱サラ(1980年にこういう言葉はあったかなあ)を実行した最初期の人か。もしかしたら30年を経た振り返ると、兆治は先の見通しの良い人と評価できるのかなあ。もっと年取ってから会社の首切りに会う人もいるわけだし。それに、TVでは50代、60代で早期退職して自立しなさいよ、という中高年向けの番組があるくらい。それくらいに団塊の世代は、せっつかれているわけだ。お疲れ様なことでございます。ていうか、他人ごとではないのだが。
 ここにないのは、子供の養育をどうするかということと、親の面倒をどうするかということ。1980年であれば、まだこの種の問題は顕在化していなかったな。小さい不況はあっても、翌年には解消されているし、明治や大正生まれの老人にはたくさんの子供がいて、だれか一人は実家に残っていて、地場産業で生活していけるという時代だったし。
 この小説はのちに映画化。高倉健が兆治役で、この小説にある「不器用ですから」というセリフが彼のイメージを固定することになったようなのだが、この理解でよいのかな。映画は見ていないもので。連作短編で230ページあるけど、長編で150ページくらいに圧縮したほうがよかったのではないかなあ。それくらいに現在の事件は面白くなかった。