odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「退職刑事健在なり」(徳間文庫)

 1986年初出。シリーズは徳間書店で出版されていたが、この刊だけ潮出版社ででて、タイトルに数字がなくなった。徳間文庫はそれを踏襲しているが、創元推理文庫では「4」にしたので、あとの番号がずれている。入手の際には注意すること。

「連想試験」(1985) ・・・ 産業スパイを暗殺したヒットマンが逮捕された。依頼人のことは自白しないが、余生は短いと見て、ヒントを与えようといいだした。「風呂敷」と「キング・コング」がそれ。ここからの連想で何がわかるか。ああ、ヒットマンは事件当時59歳で戦前の東京を知っている。というわけで、1933年封切りの「キング・コング」という映画を見ていることが必須。パブリック・ドメインでやすく見ることができる。
 「キング・コング」のエンディング
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「夢うらない」(1985) ・・・ 引退したフランス文学者の家には息子夫婦などたくさんの人が住んでいる。妻は32歳年下の40代。末の息子が深夜に帰宅したら、文学者とその妻が別の方法で殺されていた。容疑者は長女の夫で、うだつの上がらない資料管理者。夢で昔のことを思い出すのだが、理由がわからない。なんで殺したのか動機が自分で説明できない、という。自供しているもののなんとも釈然としないのだが。老先生がかつてはプレイボーイだったところから別の解釈を編み出す。

「殺人予告」(1986) ・・・ 初老の金融業者が持っている仕込杖で喉を刺された。物取りではない。あくどい事業で恨みを買っているらしく番頭格の男夫婦を自宅に住まわせ、用心棒にもしている。奇妙なのは4日前に殺人予告が届いていること。詩の如きものは要領をえないが、殺意は見られる。謎解きよりも、現代ミステリでいかに殺人予告が現実よりも遅れているか、これからは狂気の殺人を書くしかない、などという議論が面白かった。「羊たちの沈黙」がこのころ翻訳されたと記憶する。

「あらなんともな」(1986) ・・・ 椿先生に誘われて河豚をおごってもらう。依頼は、友人の書いたミステリが未完なので、完結したいが、友人の意図を組んであげたい、知恵を貸してくれというもの。ミステリのあらすじは置いておくとして(長編にもなりそうなややこしいものなので)、ここではセンセーの「いかにしてミステリを構想するか」その思考のやり方を書いてあって、面白い。楽屋落ちといえばそうなのだが、「トリックを考えてから人物を当てはめると不自然になる」「昔の出来事を動機にすると小説がくどくなりすぎる」あたりの指摘が有益(だれに?)。

「転居先不明」(1986) ・・・ 転居先不明のはがきをもった中年男が殺されていた。はがきの宛名も差出人も男を知らないという。その数日後、銀行強盗があり、さらに殺された男が出した転居先不明のはがきをもっている若い男が殺されていた。若い男は、死んだ男の息子(家出で行方不明)だった。外から見ると人と人の関係はわからないものだ、だから憶測をたくましくするのだなあ。

「改造拳銃」(1986) ・・・ やくざの組長を射殺して服役した男がいる。服役中にノイローゼで苦しでいた妻は死に、子供らは独立。焼き鳥屋の親父におさまっていたところを、次の妻をまた射殺した。この妻は以前ヤクザと結婚していたらしい。男のしたことは明らかだが、動機が「自分にも殺せることを証明するため」という漠然としたもの。この供述から事件を再解釈することになる。なるほど、小説の最後にあるように悪と善の境界があいまいになり、加害者も自分の行為を説明できず、警察は介護人か弁護者のような役目になるということか。それにともない、ミステリの書き方も単純ではすまなくなっている。

「著者サイン本」(1986) ・・・ 椿先生が二人のところに相談に来る。死んだ友人に献呈した本を古本屋で買った。気になる書き込みがある。友人は10年前に妻を事故で亡くし、2年前に自殺している。書き込みから何がわかるか。何が起きたかよりも、なぜそうしたかに謎解きの興味が移る。あと、相談に来た椿先生に配慮した謎解きであるところに注目。ほかの事件のように退職刑事は抽象的な目、利害関係のない第三者ではないわけ。「事件」の関係者として利害関係に配慮しなければならない当事者になっている。そのために「解決」を語ることが窮屈になっている。後期のクイーンとかハードボイルドの探偵に近くなった。

「線香花火」(1986) ・・・ 先代は高名な日本画家。残した絵に「花火」というのがある。その息子はケチで高慢な男。ある夜、「線香花火、買いに行く」と言い残したあと、頭を割られて殺されているのが発見された。この男は家族や雇用人らと諍いを起こしていて、誰にでも動機がありそう。問題のポイントは言い残した言葉。ここから何がわかるか。普段と異なるのは、聞き役の現職刑事が父の解釈に異議を感じるところかな。上のように退職刑事は事件の当事者として判断するようになっているから。そこが現職刑事の不満と悩みどころ。


 椿先生が次第に重要なキャラクターになってくる。退職刑事の行きつけの店で意気投合した作家、という設定。もちろん都筑センセーであるわけで、都筑(tsuduki)と椿(tsubaki)の音から推理できること。コーコシリーズには浜荻先生が登場するが、これは椿からの連想かなあ。
 これまでは現職刑事が事件の入手できる限りの情報を一気に喋っていた。そこから見落としがないかとか思い込みがないかと退職刑事が助言する。いわば、「読者への挑戦」が挟まる直前の探偵たちの討議から「退職刑事」の話は始まっていた。ここから少しずつ違ってきて、現職刑事は事件の全貌を掴む前から退職刑事に情報をだす。章が変わると、数日経過していて新しい情報が追加される。もちろんここでも事件のプロットとおりの情報ではないので、読者は事件の推移を推理しなければならない。そんな具合に、ストーリーの進展がゆっくりとなってきた。これはハードボイルドの探偵に近いし、なにより読者の生活に近い。
 安楽椅子探偵というのは、いわばミステリの形式を純化したようなものだけど、探偵のありかたはすこしずつ変わってきているわけだね。クイーンの探偵が変化していったのと軌を一にしていると思う。

  

2013/07/19 都筑道夫「退職刑事」(徳間文庫)
2013/07/18 都筑道夫「退職刑事2」(徳間文庫)
2013/07/17 都筑道夫「退職刑事3」(徳間文庫)
2013/07/12 都筑道夫「退職刑事4」(徳間文庫)
2013/07/11 都筑道夫「退職刑事5」(徳間文庫)