odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

野村進「コリアン世界の旅」(講談社文庫)

 この国の言説で自分が納得いかないのがふたつほどあって、ひとつは「この国は単一の民族、千五百年の伝統」みたいなこと。民俗学歴史学を勉強するとそうではないよな、とわかる。これは下記のマイノリティを持ち出さずとも、説明されている。もうひとつは「この国(と民族)はほかに類例のないユニーク(特殊で優秀)」みたいなこと。この本の中で、ヒスパニック(メキシコ系アメリカ人)の言葉があって「俺たち(ヒスパニック)からみると、コリアーノ(韓国系)もハポネス(日本系)もチーノ(中国系)も区別は付かねえんだ(超訳)」が印象的。同じことを四方田犬彦「われらが<他者>なる韓国」(平凡社ライブラリ)も述べている。まあ、個人的な体験ですまないが、クアラ・ルンプルやバリ島ですれ違う東アジア系の顔や身振りから国籍がわかるなんてことはなかった。つまるところ、この国もそこに住む人は、ほかの国やそこに住む人と同じようなちょぼちょぼであるのだ。

 とはいえ、このようなレポートで、在日韓国人北朝鮮人問題を知ると、やはり俺の考えはマジョリティの、差別をする側のものであって、現実に目を向けないための方策として「無関心」「無知」を自分にまといつかせているのだな、と思う。ときどきこの国が1945年に本土決戦としたらとか、4か国分割統治が行われたらとか、監視国家による収容所ができたらとかの想像をすることもある。これは俺の中では「想像」で、現実の可能性の低いものであることを前提としているのだ。というのも、そのようなこの国の「想像」を現実として生きている人々がすぐそこにいるのに気付かないという精神の安逸、堕落があるわけで。もうひとつの難しさは、この問題には神のような超越的な視線をもつことや利害関心を持たない第三者の立場(佐伯啓思「アダム・スミスの誤算」PHP新書)を取ることができないこと。考える自分自身がこの国のマジョリティに属しているので、こういう立場に立つことがそのまま差別する側の論理になっているかもしれない。そのことにたぶん自分は無自覚であるだろうから。
 困ってしまうのは、考えや観念でこの問題に「答え」を出したとしても、それが行動に現れるかどうかとは無縁であること。突然のできごとに(たとえばアメリカで黒人運転手のタクシーにのるときに、アジア系やヒスパニックの運転手とは別の緊張感を持つとか)、自分が思いもよらない行動や反応をすることがある。まあ、心身は一如でありたいけど、そうである場はそれほど多くないし、広くないみたい。
 この本の初出は1996年。それまでの3年をかけて、上記の問題を取り上げる。面白いのは、暮らしている人の声を集めていること。とりあえず政策や思想の問題はわきに置く(紹介はする)。暮らしている人の考えを集め、そのときできるだけ多様なあり方を収集する。なので、上記問題に直接関係しないと思われるアメリカやベトナムまで行く。なぜならそこにもコリアンが住んでいる。当然、ハポネス(上のヒスパニックの言葉を採用)も住んでいて、彼らの差別や被差別との比較ができるから。
 章ごとの話題は下記の通りで、「在日韓国人北朝鮮人問題」をさらに広げることになっている。
インビジブル・マイノリティ(不可視の少数派)
芸能界、プロスポーツ
焼肉
民族名と通名
民族教育
パチンコ
他の国のコリアタウンロスアンジェルスベトナム
済州島四・三事件
金日成、「帰国運動」
大震災(関東と阪神
 最初に述べたように、俺は「この国は単一の民族、千五百年の伝統」みたいな言明が嫌いだとしても、どうもその考えが身に染みているようで、コリアンのように国家と民族と国籍がばらばらで、葛藤があるというのに慣れない。あと、俺がこの問題に目がくらむ思いがするのは、この国からコリアンへの差別があるのと同時に、コリアンからベトナムやヒスパニックの人々への差別の構造もあること。ハポネスである我々がアメリカに行くと、今度はアメリカンからの差別を受けることになるわけで(プロレスラーTAJIRIの本に時々登場する)、それを加えるとグローバルな差別-被差別の多重なシステムがある。その網の目から抜け出るのはたやすくないし、網を破るのはもっと難しい。ヘイトスピーチはたぶんわれわれを差別する側の利益を代弁しているのだろうなあ、と思う。それには無自覚であろうのだろうなあ。
 というわけで、俺が言えるのは、もっとこの本が読まれるように、ということだけ。
(韓国は朴大統領時代に「漢口の奇跡」という経済成長をしたのだが、この本によると、それはベトナム戦争時代のアメリカの援助によるものであるらしい。援助を引き出すきっかけは韓国軍をベトナムに派遣したこと。代わりとして、アメリカの援助を受け、投資することで経済成長を遂げた。この国が朝鮮戦争を梃子に経済成長を果たしたのと同じ構図が、韓国でもあったということ。ほかにも、1947年の済州島の虐殺事件とか、敗戦後の帰国とその後の亡命、1960年前後の「帰国運動」など、自分の無関心と無知に目を開かせる情報がたくさんあった。)