odd_hatchの読書ノート

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T・K生「続・韓国からの通信」(岩波新書) 1974-75年の韓国状況。軍人の独裁政治と不況で人権の侵害と無視が横行する。

2013/07/29 T・K生「韓国からの通信」(岩波新書)

 引き続き1974年7月から1975年6月までのレポート。田中角栄ロッキード疑獄で退陣し、三木に総理大臣が変わった。アメリカの大統領もニクソンが失脚し、ジョンソンに代わっていた。大きな出来事はベトナム戦争終結アメリカ軍が撤退した後、南ベトナム軍は総崩れになり、たしか1975年3月にサイゴンが陥落したのではなかったか。韓国はベトナムに派兵していたが、このときどうだったのか記憶がない。この本によると、サイゴン陥落あたりから北の驚異が叫ばれ、この国の翼賛体制に似た官製の報国団体が作られたとの由。あわせて最初のオイルショックの影響が残っていて韓国経済は深刻な状況にあったらしい。大企業はまだまだアメリカ資本、日本資本のものなのだが、それでもかの国ではかく首を断行せざるを得ず、首切り反対の労働運動があった。当然、現代、東亜などの国内資本も重大な打撃を受けていた。この国もまだ不況にあったはずだが、どうやら克服の可能性が見えてきた時期になるのかしら。いわゆる昭和バブルにいたる好況は1983年まで待たないといけないのだが。

 民主主義を抑圧する体制を眺めるときに暗然とするのは、他の国、他の時代にも見ることのできる深刻な権利侵害や人権無視が繰り返されることかしら。ここでも多くの学生、教員、牧師、労働組合員、女工などが逮捕、拷問、極刑を受けることが報告される。たんに韓国のことと思わず、この国の昭和10年代とか、フランスの16世紀の不寛容の時代とか、ソ連の1930年代とか、アメリカの1950年代マッカーシズムとか、その他時代と地域を越えたさまざまな不幸の歴史を思い起こさせることになるから。人間というのは変化しないものだなあ、とそれ自体は何の価値も、運動も起こさない、つまらない慨嘆を吐くことになる。
 さて、かの国の閉塞状況のひとつの原因は、当時の大統領の疑心暗鬼、人間不信に求められるのだろう。自宅の周囲を要塞化し、一般人民の土地を強制収用して、立ち入りできないようにし、周囲にはCIAの従順かつ有能な部下を配置しているにもかかわらず、彼は不眠を訴え、時に応じては深夜に突然部下の勤務を視察する。独裁者の孤独という主題は、スターリンにもヒトラーにも毛沢東にもあるとはいえ(あれ、この国のたとえば東条英機とか織田信長なんかにはそんな話をきかないなあ)、文学に表れたるものほど面白いものではない。しかも歴史を後ろから振り返ることのできるわれわれにとっては、かの国の民主化が「人民」の手によって獲得されたのではなく、独裁者の部下の乱心(それも非計画的、突発的、衝動的な行動)で達成されたというのは少しやりきれない。そのためかかの国の民主化は独裁者の死から8年以上をかけてなされたのだった。まあ、この国のやり方とは違うというのも考慮し、むしろ自力でそこまでの達成をしたことを大いに評価しよう。
 あとは、独裁という政治形態はコストがかかり、むしろ経済発展を阻害するのではないかということ(ネーションステートになったばかりの国家は経済独裁のほうがその後の民主化や経済発展に有効であったといわれるのではあるのだが)。独裁という政治形態を成り立たせるのは独裁者個人の資質のみならず、それにならうエピゴーネンが無数に存在することにあって、独裁者個人よりもこちらの無数の模倣者の存在のほうが害悪になるのだなあ、しかも彼らは独裁者が打倒されても生き残るので始末に終えないなあ、という無粋な感想を持った。この本では簡単にしか触れられていないが、当時の公共事業がこのようなエピゴーネンの手に発注されると、ずさんな工事で私腹を肥やした。それから20-30年が経過したとき、老朽化が加速されいくつかの事故を起こした(橋の落下、アパートの崩落、地下鉄の火災など)。さらに、独裁を維持するためには、「国家」が危機にあり、しかも身内に国家を打倒するという妄想というか観念というか宣伝を続け、それ以外の情報が入らないようにする鎖国状態を作らなければならないということも重要。かの国の場合、北の脅威と反日というのがその重要なイデオロギーだった。
 ここには詩人たちの作品が紹介されている。社会状況がそうであったためだし、このレポートのテーマからいっても、詩の扱う内容は、闇を照らす灯であり、自由への渇望であり、不屈の闘志である。作品の優劣はおいておくとして、このような抵抗文学は自分にはナチス占領時代のフランスのものがなじみ深いのだが、ポール・エリュアール、ジャック・プレヴェールと同様に知っている名前というのはなかった。あるいはフチークとかソルジェニツィンとか東欧、ロシアの抵抗作家ほどのこともかの国については知らない。これは不明というべきであるなあ。

2013/07/25 T・K生「第3 韓国からの通信」(岩波新書)
2013/07/24 T・K生「軍政と受難」(岩波新書)