odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

T・K生「韓国からの通信」(岩波新書) 1972年10月に戒厳令が布かれて以来の緊迫する韓国の政情を伝える匿名者の報告。

 内容と著者をめぐって問題があるらしい。2003年になって著者が明らかにされ、著述方法がわかった。著者自身は韓国に入国することがかなわないので、知人その他を通じて韓国の情報を伝えてもらう。それを編集して文章にまとめた。当時の韓国は新聞その他のメディアへの規制が厳しく行われていたため、文字情報はほとんど使えない(韓国のメディア情報はこの国にいても入手できる)。そのためか、アングラ情報(ビラや噂)をもとにすることになる。真偽を確認する方法を持てないから、事実であるのかデマなんかの検証を行えないまま公表することになる。そのような事情があるので、学生が逮捕された、拷問を受けた、行方不明になった、○○でデモがあった、そのようなところは眉に唾をつけておいたほうがよいかもしれない。
 でも全体状況はだいたいつかめる。朴正煕(パク・チョンヒ)が大統領になって数年がたっていた。彼は国内の民主化運動を徹底的に弾圧(同時にメディアの規制と秘密警察の権限を強化した)し、大統領の権限を保持するために様々な術策を施し、海外資本を導入して経済発展を急速に進行させたがその一方で労働条件の悪化と労働運動の弾圧もあった。第1巻にあたるこの本では、金大中氏が東京のホテルに滞在中、なにものかに拉致され、数日後にソウルで発見されるという事件が起きた。かの国の代表的な民主化政治家がこのような事件の被害者になったことが大きな問題として取り上げられている。著者は国内の民主化運動の弾圧に対して反対する立場をとっている。当時に、漏れ伝えられる弾圧は非常に過酷であったと思いだす。このあたりは今回はおいておく。
 気のついたところは次の点。
1.当時、日本の経済援助および資本投下により、多くの日本企業が工場などを経営していた。その労働の現場が非常に列悪であった。一日10時間労働、休日出勤強要、労働奉仕(定時前に出勤させ清掃などを行わせ、給与を支払わない)など。これらに対する抵抗や告発があると、強迫・脅し・解雇などを行った。1970年代には日本国内の労働運動はまだ激しく、一方上記のような企業の不正ができなくなっていたとき、国外で不正を行ったということは銘記しておくべき。キーセン旅行とあわせて、この国が韓国に行ってきた悪のひとつ。
2.石油ショックがあって、原油の輸入価格が高騰した。この事態に対し、朴政権は商品価格の値上げを行う。ガソリン価格、バス・鉄道運賃、水道・電気・ガス代その他を10-30%値上げする。石油ショックは不況とインフレを同時に進行する稀有な経済状態だったのだが、このときに上のようなインフレ政策をとるというのは、経済の成長性を阻害するだろう。この問題はつまるところ、国民が負担するしかない。
3.朴政権の特徴の一つはKCIAによる監視・警察体制。それは国家の規模を大きくし、国民の負担を増す。なにしろ、KCIAの規模を拡大するには、人・組織・建物などを増やすことになり、その運営経費は大きなものになる。それ自身は何らの価値を生み出さないから、国家がまるがかえにするしかない。そのため、生産可能人員を生産に無関係な部門に投下し、国民の負担を増す。その監視・警察の体制は国民の要求にこたえるものではないから、不満を増すことになる。さらにCIAの規模を拡大せざるを得ない。という悪循環に至る。かの国では軍隊も抱えて運用しなければならず、これらの負担が経済成長を落とすことになる。
4.開発独裁の典型であるのだが、「独裁」という政治体制は、歴史的・社会的なある条件で生まれるというより、その種の精神を持つ人(権力欲が強い、猜疑心が強い、他者をたよりにしない、など)の心理的なことどものほうが強いような気がした。20世紀の独裁者が「民主的」な手続きで権力を得たのと同じく、人々が権力を一人に譲渡していくのはいったいなぜなのかしら。

2013/07/26 T・K生「続・韓国からの通信」(岩波新書)
2013/07/25 T・K生「第3 韓国からの通信」(岩波新書)
2013/07/24 T・K生「軍政と受難」(岩波新書)