odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ガルシア・マルケス「戒厳令下チリ潜入記」(岩波新書)

 どこから話をしようか。作者についても、主人公についてもいろいろ記しておきたいが、やはりチリのことから。
 1970年に選挙によってチリでは共産主義政権が樹立した。サルバドール・アジェンデが大統領に就任。若いころから民衆といっしょに仕事をしてきて、これが書かれた当時にも敬慕されていた。姪がイザベル・アジェンデ。1973年に陸軍司令官のピノチェットがクーデターを起こした。大統領以下閣僚を拘束し、即座に処刑。全土に戒厳令を敷いた。徹底的な反民主主義と軍政。そのために、クーデター直後に数千名を虐殺し、その後も秘密警察が反権力・民主主義運動の活動家を弾圧する。ありていにいえば、法令の根拠のないまま拘束し、そのまま収容所に送るか、拷問の末に殺すか。1980年代なかばのころ、この国の新聞でも、行方不明になった学生の行方を調査しろと政府に要求する父母らの運動が記事になったことがある。アジェンデ政権には多くの文化人が協力していた。この本の主人公ミゲル・リティンは映画監督を務めていたが、1973年の戒厳令で自分が拘束者名簿に載っていることを知り、妻と子供を連れてスペインに亡命した。多くのチリ人が目指したのがスペインだった(フランコ政権下なのにねえ。言葉が通じるからかな)。

 1985年にリティンは変装して、チリに潜入する。イタリア、フランス、オランダの複数の映画チームが別個にチリのドキュメンタリーを撮影するためにチリに入るのに合わせて、ウルグアイ人に変装したのだった。それぞれの映画チームは互いに連絡を取らず、リティンの指揮に応じて、国内の弾圧状況や反ピノチェット運動を撮影する。その中には、もっとも過激な方針を取る党派との接触もあった。滞在は6週間。
 ときにはよく知っている町を異邦人の顔つきと視線で通ることになる。そして警察の監視にあるかもしれない(あるかどうかは逮捕されるまでわからない)という恐怖と不安と緊張。この国に住む者にとっては、スパイ映画でしか味わえない感覚であるのだが(読書中に、ヒッチコック「引き裂かれたカーテン」を何度も思い出した)、亡命すること・異邦人として母国を眺めるということは、そういうことであるのか。自分のアイデンティティとネーションのアイデンティティが引き裂かれていて、それを埋めるための問いを繰り返さずにおかない。しかも具体的な手がかりがないので(家族や土地との縁が切れているし、戻ることが二度とない)、思索は観念的になりかねない。もちろん行動的で視覚的な仕事をする主人公からは、この種の分裂に関する思いや問いは主題にはならないのだが、ときに現れる述懐(友人や母とあっても最初は自分とわからないとか、子供らがアジェンデの記憶を持たないけど知っていることに感激するとか)に苦渋が見える。これは亡命でなくても、変装することで異邦人として自分の国を眺めることは可能。グリフィン「わたしのように黒く」(筑摩書房)などが参考。たぶん、この国で生まれた朝鮮人や中国人もそのような異邦人の眼とアイデンティティの葛藤をもっているのではないか、と妄想。
 さて、ピノチェットはフリードマン新自由主義経済を徹底した(レーガンよりもさきになる)のだが、1980年代になって急激に落ち込む。そのために監督が潜入したときにはインフレと失業で経済は沈滞し、国民の不満が大きくなっていた。1988年の国民投票ピノチェットは支持を失い、1990年に失脚。就任中の不正や虐殺の責任を問われたが、高齢もあって実刑は受けずに2006年死去。チリは新自由主義経済政策を80年代半ばに放棄。その後は順調に経済成長。資本主義のグローバル化で翻弄されてもいるけどね。自分にはうまいワインを安く提供してくれることで感謝。
 主人公リティンと知り合いだったので、ガルシア=マルケスが16時間のインタビューを行い、その内容をこのドキュメントにまとめた。極力作家は姿を隠すように努めているが、作家が巨大すぎて尻尾やあんよが見えているのが愛嬌。この優れた編集と、緻密な構成は「予告された殺人の記録」を書いた作家の力によるものだ。手軽なサイズで読みやすいから、この作家の入門によいと思う。あと、冒険は1985年でスペイン語版は1986年出版(たぶん初頭)、その年末には邦訳版が出版。このスピードは重要。
 なお、1970年代後半に開高健のチームがチリを自動車縦断していて、「社会主義をどう思いますか」とチリ人に問いかけている。その記録も面白いので、あわせて読まれたし。「もっと広く」(文春文庫)に所収。