odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ギルバート・チェスタトン「ブラウン神父の秘密」(創元推理文庫)

 ブラウン神父ものの第4作。1927年初出。「不信」では一編あたりの文字数が多かったけど(創元推理文庫で40ページ)、元に戻る(30ページ)。分量のみならず、文体も変化して、ファンタジーの眼の摘んだ緻密な文章が乾いたジャーナリスティックなものになった。さらに、文章の中のユーモアも後景に退いた。なので、以前の雰囲気を楽しむには物足りない。

ブラウン神父の秘密 ・・・ フランボウと再会した神父がアメリカ人に自分の探偵の方法をのべる。すなわち、自分はその事件の殺人者そのものになりきる。内部から殺人者を観察し、自分と殺人者の差異がなくなったときに、すべては解決する。それは宗教的な訓練の一環でもある。で、一方、科学のように外部から殺人や犯人にむかってもだめ、とのこと。ファイロ・ヴァンスの「心理捜査」もこの時代の主張。一応念押しすれば時代は1920年代。科学捜査はまだまだ不十分。偏見や差別意識ののこる「犯罪学」「骨相学」「人類遺伝学」などが幅を効かせていた時分。そのあたりの時代の差に注意。神父の孫かひ孫にあたる矢吹駆になると、科学捜査の批判はするが、拒否はしない。

大法律家の鏡 ・・・ 夕刻、グイン判事の家の塀を乗り越えようとする男がいる。捕まえると、中で死んでいるといった。調べると、判事は庭で射殺されていて、家の玄関では鏡がわれ、植木が壊れ、となにか格闘でもあったよう。てがかりは鏡が壊れていた(銃弾を撃たれていた)ことと、死体は判事の礼服と鬘をつけていたこと。これはイギリスの裁判になじみがないとわからない(モンティ・パイソンのスケッチによく登場するのでみておくように)。「通路の人影」のバリエーション。有力な容疑者に詩人でアナキスト(虚無党員は誤訳だと思う)がいて、神父は詩人のことは詩人に聞かないとわからない云々と話。ここから「詩人と狂人たち」が生まれた、という妄想もできそう。

顎ひげの二つある男 ・・・ 名うての宝石泥棒がこの地にやってきて、恐怖におびえていること、屋敷のお嬢さんが幽霊を見たといいだす。みんなして冗談に紛らしていたところ、またその幽霊が現れる。すぐさま追いかけた男は闇の草原で格闘中、2回の銃声が聞こえる。すると幽霊のメイキャップをした宝石泥棒が射殺されていた。屋敷からは宝石いっさいがっさいが盗まれている。冒頭に、動機の分類が記載され、神父はそのどれにもあてはまらない動機もあるという。なるほどこの事件の殺人動機はグロテスク。

飛び魚の歌 ・・・ 金の金魚を大切にしている男。自慢なもので誰にも言いふらさずにはいられない。たいていは自分の寝室の奥の部屋にいれておくが、用事ができて秘書と下男に管理を頼んだ。翌朝未明、屋敷の前でアラビア風の男が楽器をかなで、歌う。すると歌のとおりに金魚がしまわれている金魚鉢を割って外に出てしまった。なんか「月長石」風の話だな。出来事の順番を入れ替えると、当たり前の話がこんなに奇妙奇天烈なものになる。

俳優とアリバイ ・・・ イタリアから呼んだ若い女優が配役に不服で衣装部屋から出てこない。あげくのはてに鏡をぶち破っている。しかたがないので、一座の座長の奥さんが舞台稽古をしましょう、平服でと言い出し、そのとおりになった。あいにく一座は落ちぶれだしていて、今回の「醜聞学校」があたるかどうかはおぼつかないので座長は部屋にこもりっきり。神父は座長の部屋をノックしたが返事がない。あけてみると、血まみれの死体。全員舞台稽古にでていてアリバイはあるというのに。これをもっと精緻に書くと、マイケル・イネス「ハムレット復讐せよ」(国書刊行会)になる。というのは冗談だけど、チェスタトンには珍しい舞台もの。

ヴォードリーの失踪 ・・・ 老人のアーサー卿は捨て子のシビルを養子にして育て17歳になったときに求婚したが断られた。シビルにはドールモンという若い男が求婚してアーサー卿も了解した。しばらくしてアーサー卿が散歩中に失踪。村の集落の途中で消えたのだ。アーサー卿はのどを切られて川に捨てられているのが見つかった。乱歩が奇妙な殺人方法として紹介した一編。今度の再読では、アーサー卿の狂気というか執念に恐れ入った。なるほど、こちらに焦点をあてるとロス・マクドナルドになるな。
世の中で一番重い罪 ・・・ 神父の姪ベティに縁談が持ち上がっていたが、相手に不審を感じていた。おりしもその縁談相手には遺産相続の面倒な話があり、神父は弁護士とともに縁談相手の貴族に会いに行くことにする。彼が言うには、相続相手には認めるが、息子と会うつもりはない。奇妙な申し出なので、神父は貴族を観察することにする。彼のいう息子は世の中で一番重い罪を犯したというがその内容は? 貴族の館は湖上にある中世の古城で(おっ、うまい)、跳ね橋を使うし、ロビーには甲冑武者がある。神父はそこに目をつけたのだが、甲冑武者の置き場所がおかしいというのは、小栗虫太郎黒死館殺人事件」だね。小栗はこの短編を読んだのかな。「黒死館殺人事件」とは(略

メルーの赤い月 ・・・ 元は修道院であったものが王によって臣下に下げ渡され、今では貴族が所有している。そこにはインドあたりのグルがやってきて、神秘思想を唱えていた。一同が宵闇に中庭に集まっていると、回廊の奥にある飾り棚で茶色の腕が伸びてきてタイトルの巨大なルビーを盗んでいった。現場でつかまったのはグルその人。グルは自分には物体を念動する力があると嘯く。面白いのは冒頭で、ニセ宗教について語るところ。それがサロンの占いであれば看過できるけど、一生を捧げるくらいの信奉者が集まったときには注意せよ。ニセ宗教に限らないけど。

マーン城の喪主 ・・・ 50年もむかし、貴族たちが決闘をした(19世紀の学生と貴族は決闘好き。上山安敏「世紀末ドイツの若者」講談社学術文庫)。いずれもピストルの腕に自信はない。しかし、一撃はモーリスを捕らえた。そして撃ったジェームズは外国に逃走し、ほとぼりが冷めた後、居城に帰り一人暮らしを始めた。世間とはまったくの没交渉。長い時間がたった後に暴かれるのは、名誉がなくなる行為について。神父は撃たれた側の介添え人が俳優で、しかも倒れて後しばらく動かなかったというかすかなところに目をつける。これも「世の中で一番思い罪」も、「翼ある剣」のバリエーションだな。

フランボウの秘密 ・・・ 最初の章に対応するエピソード。大それたでかい犯罪をするひとよりも、宝石に目をつけて盗む矮小な人間のほうが心理的に同一できないので難しいという話。フランボウの落ち着いた生活描写が美しい。


 かたくなに機械トリックを使わないところがおもしろい。むしろ科学技術に対して批判的であるところも。「知恵」所収の「機械のあやまち」みたいに機械は揶揄の対象になっている。1920年代を思い出せば、メディアの革命(映画、ラジオ、レコード)があり、コミュニケーションの革命(電話、マスメディア)があり、交通の革命(自家用自動車、飛行機)があり、家庭内労働の機械化(洗濯機、掃除機、冷蔵庫)が進行していた。このような生活の機械化、大量生産-大量消費への移行があったわけだ。この変化は1900年前後に生まれた新世代の作家がヴィヴィッドに反応し、作品に反映していた。
 一方でチェスタトンは機械に関心を持たないし、それが生活を変える可能性については批判的。プロローグとエピソードで詳述した彼の探偵の方法では、機械は入り込む余地が無いから。ここで、ガタリのマシンとメカの違いを思い起こせば、マシンは自己内部で完結するもので、外部との交通で自己変化・自己増殖する機能を持っていない。ということは、内面を調査しよう、自己を同一化しようとしても、それは機械の側の都合で拒否される。となると、チェスタトンの探偵の方法では機械は無視せざるをえない。社会を見る視点はアドルノとかハイデガーに近いかも。単純化すると、第一次世界大戦による疲弊、一方のプラグマティズムの権化であるアメリカの台頭、このような「ヨーロッパ」の退潮に対する危機感であり批判であるのだろう。