odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ギルバート・チェスタトン「木曜の男」(創元推理文庫)

 初出は1905年(中島河太郎の解説では1907年)。なので、少し社会背景を知っておいたほうがよい。19世紀後半からの労働運動と左翼運動は支持者を得て、運動が活発になっていた(ザングウィル「ビッグ・ボウの殺人」)。ただ、ロシア革命の前なので、運動組織にはさまざまな思想の流派があり、混沌とした状況。武装革命から構造改革まで、労働者国家建設から組合主義から無政府主義まで。イギリスでもそのような組織がたくさんあった。一方で、国家による抑圧もあり、同年ロシアで起きた「血の日曜日」事件を想起する必要があり、またレーニントロツキールクセンブルクらは何度も投獄されていたのであった。で、アナーキズムは必ずしも国家との衝突を繰り返す事を至上綱領とする組織ではないのだが、たぶんロシアの武装テロリストのグループが爆弾テロや要人暗殺を試み、逮捕された連中が自らをアナーキストと名乗るあたりから、アナーキズムテロリズムの差がなくなったのであった。まあ、この国でも「新左翼」のグループが「過激派」と体制から呼ばれて、危険・不穏・テロリストのイメージが付けられたことと同じ。これくらいが小説の前提。

 無政府主義者を名乗るが人々からは人畜無害の詩人としか思われないグレゴリーが、同じ詩人ガブリエルを誘って、秘密結社を紹介する。田舎のハブの地下にあるその結社は7人の幹部で構成されていて、今回は欠員の「木曜」(本名の変わりに七曜のコードネームを使う。コードネームの付け方はブランキの四季協会のパロディかな)を選抜することになった。グレゴリーの穏健な演説をさえぎって良識人のガブリエルが激烈な演説をすると、彼が「木曜」に選抜される。
 しかし、ガブリエルには秘密があり、実は警察の秘密捜査官。彼をスカウトした警察官がとてつもない知識の持ち主で神学論争までできるというのが笑える。イギリスの階級社会では警察官は学業不要の労働者階級の職業。ここらへんの「さかさま」の扱いはモンティ・パイソンのスケッチに良く出てくるね。
 でもって、無政府主義国際組織はパリを来訪するロシア皇帝爆殺を計画するとともに、幹部にスパイがいることを首魁の「日曜」が暴露。ガブリエルは不安を感じるとともに、尾行されていることに気付く(このスラップスティックコメディな追跡劇にまず笑う)。するともう一人の幹部も警察のスパイであると告白。二人で、パリに赴く別の幹部の追跡を開始。その幹部もスパイ。なんでおびえていたのかと自問する中、今度は「日曜」の右腕の書記が彼らを追跡してくる。逃げ惑っているうちに書記ですらスパイであると発覚。「日曜」の報復におびえる中、逃走だか追跡だかわからなくなった疾走は動物園におよび、檻を破って象が公園を荒らしまわる(ここでもう一度爆笑)。ぬれねずみになった先で迎えられた「日曜」のアジトで、彼ら6人の幹部はそれぞれの惑星を見立てた道化の衣装を着せられ(爆笑)、「日曜」と対峙する。
 なんとも人を食った物語。自分は、C・G・フィニー「ラーオ博士のサーカス」レーモン・クノー「イカルスの飛行」のようなナンセンス・ファンタジーの系譜に入る物語と見た。文庫のサマリーや解説には「本格探偵小説」と銘打たれているけど、全くの誤り。そんな趣向はもうとうないし、理性や合理性の勝利はないしね。「日曜」の正体は探偵小説的にはアンフェアのきわみ。
 チェスタトンのこの小説には、神に関する饒舌なおしゃべりがあるけど主題ではないし、秘密結社と警察の死闘のような別の大きな物語もない。主人公たちの心理はおよそ書かれないし、このドタバタ追跡劇の影で進む個人の物語もない。そういう点では、重層さなぞなく、ただたんに表層が流れていくだけ。その表層では外観と役割が交錯して(無政府主義者と警官、青年と老人、追うものと追われるもの)、次第に混乱していくわけだ。そういう、表層しかない、ドラマが骨格のみ、人物が人形じみている、思想めいた無内容なおしゃべりというのは18世紀の小説だし(「トリストラム・シャンディ」)、同じ時代の舞台劇(「フィガロの結婚」)なのだな。「日曜」の正体もギリシャ劇の「デウス・エキス・マキナ」のパロディと思えばよい。
 チェスタトンは、共産主義無政府主義にアンヴィバレンツな感情をもっているよう。「不信」には「ギデオン・ワイズの亡霊」、「醜聞」には「共産主義者の犯罪」という短編があって、ここでも共産主義者がみかけのように残忍、冷酷なわけではないとしている。たぶん、社会変革・改革の運動があることはチェスタトンには魅力的であるとしても、それが「プロレタリア」とか職業革命家によって担われ、社会に混沌と無秩序をもたらすことには否定的。では、彼が所属するジェントルマンやインテリエリートがその担い手になるかというと、その希望もない。このあたりでもどかしい気持ちを持っていたのだろうなあ、と妄想する。