odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

チェスタトン「ブラウン神父」について(メモ) イギリスにはアッパークラスとロウアークラスが厳然として存在し、相互に交流がないが、神父は行き来できるので謎を解ける。

 チェスタトンのブラウン神父譚を発表順に並べると下記のようになる。

1911年 『ブラウン神父の童心』(The Innocence of Father Brown)
1914年 『ブラウン神父の知恵』(The Wisdom of Father Brown)
1926年 『ブラウン神父の不信』(The Incredulity of Father Brown)
1927年 『ブラウン神父の秘密』(The Secret of Father Brown)
1935年 『ブラウン神父の醜聞』(The Scandal of Father Brown)

 25年に渡るシリーズなので、事件の性格がすこしずつ異なる。図式的にまとめると
1)背景にあるのはイギリスの階級社会。アッパークラスとロウアークラスが厳然として存在し、相互に交流がない。そのために、お互いが互いに対して偏見をもっている。
2)その典型例が「見えない人」「奇妙な足跡」。いずれもある階級の視点にたつと、別の階級は存在しないことになるという錯視がトリックの根幹。
3)これは、この国の見方とは異なっている。とりあえず明治維新後には階級が撤廃された(ことになっている)ので、上の短編のような錯視は成り立たない。江戸川乱歩横溝正史1920年代の短編にも人物錯視のトリックはあるが、階級を前提にしているわけではない。
4)ではなぜブラウン神父が謎を解けるのかというと、神父という職業がアッパークラスとロウアークラスを行き来できるほとんど唯一の職業だから。神父は貴族の晩餐に招待される一方で、教会で労働者やルンペンの犯罪者の告解を聴くことなる。両方のクラスに入ることができるが、どちらのクラスにも属さないという稀有な存在。だからアッパークラスの偏見を持たない。ないしは、相対的な物の見方を方法として持っている。
5)「秘密」でかれの探偵は、「犯罪者」になりきることだと説明するが、多種多様な犯罪者との交流があるから彼の想像力は発揮できるわけだ。ドロシー・L・セイヤーズの「ピーター卿」はその名の通り、アッパークラスに所属するので、そのクラスの犯罪しか対応できない。)
6)なので、「童心」「知恵」は、アッパークラスの「君主」(家や共同体で権力をもつもの)の精神分析をすることで、事件を解決できた。
7)この階級を前提としたものの見方は、1926年の「不信」で変わる。変化の原因はアメリカを旅したこと。
8)アメリカにはアッパークラスとロウアークラスのような固定化された貴族と平民の階級は存在しない。
9)代わりにあるのが、雇用関係をもとにしたクラスの存在。すなわち経営者と雇用者。
10)このアメリカのクラスがユニークなのは、イギリスの階級と異なり流動的であること。経営者が失敗すれば雇用者になることもあり、雇用者が出世昇進して経営者になることもできる。
11)このような雇用を基にした人間関係では、「君主」の精神分析ではたりない。もう一方の雇用者、労働者、ルンペンなどのロウアークラスにいるような人の精神も調べなければならない。まあ、ここで生物としての人間すべてが社会的存在としてのひとびとになったわけだ。
12)イギリスに帰り時代を過ぎると、1929年の大不況に直面する。そうすると、固定資産の収入をあてにしているアッパークラスが一斉に没落する。かつてのような豪奢な暮らしはできなくなり、逼迫するわけだ。そのかわりにアメリカと同じような産業資本家、経営者がのし上がる。1935年「ブラウン神父の醜聞」ではそのような新興クラスの事件が増える。
13)それは同時に、労働者、ルンペン、社会主義者アナキストファシストの存在を意識することになる。
 この先は、ギルバート・チェスタトン「ブラウン神父の醜聞」(創元推理文庫)のエントリーにつながるので書かない。