odd_hatchの読書ノート

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ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-2

2013/12/11 ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1


 第18章から最終章までは、聖杯の探求を終えたランスロットアーサー王に叛旗を翻し自滅するまで。文庫の半分以上を占める。ここはほかの本で読んだことがないので、要約しておく。


 聖杯の探求が終わると、ガラハッドにパーシヴァルという騎士はすでに亡くなっている。騎士のトップはガウェインとランスロットの二人。ほかの騎士は彼らに取り立てられたり、彼らに憧れたりしたものなので、二人に頭が上がらない。さて、アーサー王の元に戻ってきたランスロットはグウィネヴィア王妃に冷たい。なので、グウィネヴィア王妃はランスロットを追放するが、王妃主催の晩餐会で、毒入りリンゴを食べた一人の騎士が死ぬという事件が起こる。おっ、探偵小説の祖がここにあった、と言いたいところだが、事件の前に犯人を明かしてしまうのだ、残念。嫌疑はグウィネヴィアにかかる。身を明かすためには王妃を告発した騎士の決闘に、代理で戦う騎士を見つけなければならない。そこで登場するのがランスロット。身を隠して決闘の場に登場し、みごと告発者の騎士を倒す。そこでグウィネヴィアの機嫌のなおり、ランスロットアーサー王の居城に住むことになった。
 グウィネヴィア王妃はランスロットに秋波を送る。アーサー王たちが城を出た夜に、逢瀬を楽しむことになったのだ。これはガウェインの弟アグラヴェインとアーサー王の不義の子モルドレッドの陰謀。二人が寝室に閉じこもったとき、彼らは重装備をしてランスロットをとらえようとする。しかし、失敗。弟を殺されたガウェインはランスロットと決定的な不和になる。この後、ランスロットの冒険がいろいろあるが、まあおいておく。再びグウィネヴィア王妃とランスロットは逢瀬を重ねるが、このときランスロットは手に傷を負い、血を王妃のベッドに残す。それを発見した騎士がランスロットを告発。彼は自分の居城に逃げ、一方グウィネヴィアは火あぶりされることになる。ここでもランスロットは「英雄」的な行為でグウィネヴィアを助け出す。城にこもったが、ガウェインの復讐心を抑えることができず、アーサー王ランスロット追討の命令をくだす。ランスロットのこもる城を攻めるが、ランスロットは頑として応じない。騎士の小競り合いはあって双方に死者を出す。こう着状況ののち、ランスロットは腹心の部下とともに、フランスにわたり王となった(歴史考証?なに、それ)。激怒するガウェインに引きずられるようにアーサー王はフランスに渡るも、ここでも膠着戦。ついにランスロットの剣はガウェインの兜を破り、重傷をもたらす。撤退の途中、ガウェインは死亡、そして自らの非をさとるのであった。
 さて、イングランドにもどるアーサー王を愕然とさせたのは、モルドレッドの反乱である。彼はアーサーが若いころ姉と密通して生まれた不義の子である。かれはなんとグウィネヴィアに横恋慕し、王位の簒奪を、王妃の獲得を目指したのだった。このときにはアーサー王の評判はおちていて(「ベーオウルフ」でもそうだが、老王は暗愚となるのだ)、故国の騎士の大半はモルドレッドに従う。決戦の前夜、アーサー王の夢枕にガウェインがたち、「ランスロットがくるまで戦いを避けよ」と告げる。それに従い、休戦を申し込むも、一人の騎士がまむしを避けるため剣を抜いたことが発端で、全面戦争になってしまう。アーサーは致命傷を負い、死を覚悟するとともに、秘剣エクスカリバーを海に投棄する。そのとき、海から現れた巨大な手がエクスカリバーを受け止め、3度ふって、海に沈むという怪異が起きた。この種の怪奇現象は「オトラントの城」でも出てきたなあ。アーサー王は客死、モルドレッドは戦死、グウィネヴィアとランスロット修道院でつつましく暮らす。イングランドは別の王が立つが、聖杯も聖槍もなく、円卓の騎士も死に絶えていた。
 要約のつもりが長すぎた。まあ、グウィネヴィアがランスロットにさまざまな心を見せる(同衾を要求したり、顔も見たくないと拒絶したり、あなたしか頼りにならないと哀願したり、罪が深いからもう会わないと告げたり)。ランスロットはそれに唯々諾々と従うしかなく、このあたりは男女の業の深さかな。
 後半の物語には魔術師マーリンが出てこないし、「聖杯の探索」で不義を悔いたはずのランスロットがグウィネヴィアとの逢瀬を重ねるなど、前後のつじつまがあわないところがある。解説にある8つのロマンスをまとめたもの、という説は納得がいく。
フランス古典「聖杯の探索」(人文書院)


 あとは英雄いかに死すべきか、生きるべきかというのが気になる。円卓の騎士たちの行くすえはとみると、一騎打ちや決闘、冒険で命を落とすか、現世の不遇を嘆いて僧門をたたくか(修道院イングランドにあったことになっているが、アーサー王の生きたとされる5-8世紀に修道院があったのかしら。今野國雄「修道院」(岩波新書)と山形孝夫「砂漠の修道院」(平凡社ライブラリ)を読んだ記憶だと、エジプトやパレスチナ修道院は古い歴史があるが、西洋に伝播したのは10世紀ころからで、イタリアから次第に周辺に、だったと思う)のいずれか。王や諸侯となって天寿を全うしたものはさほどいない。英雄とはそういうもので、俗世にはなかなか生きにくいものだなあ。それは三国志演義水滸伝八犬伝の英雄たちも同じ。これを逆手にとったのが、E・R・ディクソン「ウロボロス創元推理文庫
 17世紀イギリスの作曲家ヘンリー・パーセルに歌劇「アーサー王」があるが、CDを持っていない。

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