odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

西村京太郎「名探偵なんか怖くない」(講談社文庫)

 1971年初出の名探偵シリーズ第1作。

 大富豪の佐藤大造氏が、世界の名探偵4名を自宅に招待した。アメリカのエラリー・クイーン、イギリスのエルキュール・ポアロ、フランスのメグレ警部、日本の明智小五郎(当時、江戸川乱歩以外は存命)。府中で起きた三億円強奪事件を彼らに解き明かせたいと望んでいたのだ。しかし、名探偵たちは事件の関係者がほぼすべてのこの国在住者であるような開いた事件は組織が関与するべき、探偵の出る幕はないと拒否する。そこで大造氏は、自分の金三億円を用意し、これを強奪させるから犯人の心理を推理しろと言い出す。自前で探偵を雇い、犯人候補を見つけた。誘いに乗った犯人候補は、深夜の雨中、事件通りに大造に接触し、金を盗むことに成功する。
 犯人の行動は監視され、名探偵たちに情報は筒抜け。金を持った犯人は安アパートを出て、売出し中のマンションを購入した。なんと大造の持つ新マンションだ。そこで名探偵ともども、犯人の潜伏するマンションの同じ階に移動する。おりしも、クリスマスイブ。住民を集めたパーティで大造は犯人候補に奇妙なプレゼントを渡す。彼は血相を変えて姿をけし、深夜、何者かに刺殺された。きみょうなことに、パーティで身に着けていたシルクハットが消え、リビングの椅子はずらされた跡があり、紛失した現金の一部は死体の座っていた椅子に隠されている。行方不明の三億円はダストシュートの中で灰になっていた。
 金は失われれ、出入りの監視されているマンションで死体がひとつ。容疑者は、名探偵自身も含まれる。さてこの状況の中で何が起きたのか、名探偵は自慢通りの推理力を発揮できるのか。
 他の作家が創造したキャラクターを自作に登場さすのは、決して珍しいことではない。それこそ、ホームズパロディは雑誌連載中から他の作家に書かれていたし、探偵小説の先達江戸川乱歩も怪盗ルパンを明智小五郎のライバルにしたてあげた。そういう歴史をみると、作者の創意を称賛するまでには至らないが、注目するのはここまでマニアックな仕掛けを施したのはめったにない。4人の名探偵のしぐさ、語りはオリジナルライターのそれをうまくなぞっているし、なにしろ過去の事件が本のタイトル(しかも原題付)と一緒に内容まで紹介される。ここまでブッキッシュな趣向を凝らしたというのはなかなかのもの。綾辻行人十角館の殺人麻耶雄嵩「翼ある闇」が出てくる10年前だものな。まあ、同人誌等に通じる稚気なんだ。それをさかさまにすると、この趣向を考えた時、採算にあうという決断をするほどにミステリマニアのすそ野はひろがっていたということだ。 辻真先スーパー&ポテトシリーズ、小峰元の哲学者シリーズも同時期の作。
 出版年からみると、誰もが(当時の小学校低学年ですら)知っている事件を頭にもってきたのが秀逸なミスディレクション。緻密で大胆な奪取が様々な憶測を生んでいたから、どうしてもそちらに興味が向いてしまうんだ。でも、小説は高級マンションを舞台にした館ミステリの王道を行くもの。三億円事件のおかげで、事件の首謀者の動機が見事に隠された。出版年の15年ほど前にハヤカワポケミスで紹介されたあるミステリを見事に換骨奪胎している。その作品の名前は隠しておくが、このblogで紹介済み。